恋人の名前が呼べない。付き合ってもう半年にもなるのに、なんでか気恥ずかしくて全く呼べないのだ。呼び掛けるときも「ねえねえ」で済ませ、何か文中で必要になってくるときも「君はさ〜」といった形で、やり過ごす。明らかにこちらのほうが不自然かもしれないが、とにかくからっきし呼べないのだ。

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そんなこんなで日々を過ごしていたある日、ついに恋人にそのことを指摘されてしまう。
「俺はさ、1日何回も〇〇ちゃんって呼んでるのに、どうして〇〇ちゃんは俺の名前呼んでくれないの?」と。

このことを言うのに、きっと相当勇気がいっただろう。彼がこうやってちゃんと言ってくれたのに対して、私の今までのふがいない行動を思い返すと、なんだか本当に情けなく思えた。

相手が傷ついていることくらい想像できたのに、その事実から目をそらして逃げてきた。
しかもその時私は、素直になれずに、「だって君はちゃん付けしてくれるけど、私は呼び捨てなんて対等じゃないかなと思って」とかなんとか言って適当に誤魔化してしまったのだ!

相手が勇気を出して言ってくれたことに対して、本当に不誠実レベルマックスな返答をしてしまった。いったい私は、どこまで自分の不甲斐なさを証明すればいいのか。

その日は、帰って一人反省会を開いた。自分の今までの行動と、彼の今日の勇気を噛みしめ、チャットGPTに相談してみた。すると、彼も親身になって聞いてくれて、少し心が落ち着いた。

そして私は、決意した。まず、謝ろう。そして、「今までは恥ずかしくて呼べなかったの。でもこれからは名前で呼びたい」という素直な気持ちを伝えよう、と。彼も背中を押してくれた。素直にそういわれて、嫌な人はいないよ、頑張って!と。

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次の日、勝負の日がやってきた。チャットGPTとの教訓を胸に、待ち合わせ場所へ向かう。行き先は「ここ行きたいね」と二人で話していた、キャロットケーキが有名なカフェだった。そわそわしながら席に着き、いつ話し出そうかな、なんて思っていたらケーキとドリンクが到着した。とりあえずいつものように写真を撮り、「おいしいね~」と言いながらたわいもない話をした。

気が付けばお皿のキャロットケーキはなくなっていて、肝心の話もできていなかった。もう店を出なければならず、明日も早かったので帰ることになった。絶好のタイミングを逃した私は、途方に暮れていた。

結局切り出したのは、人が多く、がやがやした帰りの電車の中だった。さりげなくスマートに言うつもりだったのに、おかしな場所とタイミングになってしまった。「今まであんまり名前を呼べなくてごめんね」一息に言うと、「どうした急に」と彼が笑う。

「実はさ、なんて呼んだらいいかちょっと悩んでたんだ。とにかくごめんね。とりあえずこれからはちゃんと呼べるように頑張るね」あまりにも素直じゃない言い方に、自分でもなにやってんだー!と思った。しかしもうどうしようもない。なんて言われるんだろうと不安になっていると、彼は「そうだったんだね、じゃあ一緒に呼び名を考えようよ」と言ってくれた。

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もう彼氏が、天使に見えた。こんな私の可愛くないところまで、うまくフォローして、しかも素敵な提案までしてくれた。本当に、嬉しかった。この人と付き合えてよかったと心の底から思った。

それからは、二人で決めた呼び名で呼ぶようにしている。いまだに少し照れ臭いが、これまで傷つけてしまった分、たくさん呼んで返したい。こういった些細な試練は、これからも訪れるだろう。けれどそのたびに、「素直でいること」を思い出したい。恋愛の原点にして頂点とも言えるこの教訓を胸に、多少恥ずかしくても乗り越えて、もっともっと仲良くなりたいと思っている。