社会人3年目の期末評価は、課内の上位10%に入る成績だった。社会人になって1年目以外は、ずっとこの成績だ。嬉しさが全くなかったとは言わないけれど、それ以上に戸惑いが勝った。

「真面目で礼儀正しく、細かいところまで気が付く」
「難しい案件も自分で調べ上げてやりきってくれる」
「きちんとやるべきことをやりきる力がある」
「コミュニケーション能力が高く、課題発見力と解決力が高い」

自分の評価のはずなのに、まるで全然違う誰かの評価を聞いている気分だった。あまりに自分の認識している「私」と、上司が評価している「私」が違う。

コメントを求められたので、「身に余るような評価をいただいてしまって」と言った。本心だった。謙遜と思われた。

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社会人4年目の期初面談でも同じように褒められた。

「君さえよければ、この部署で経験を積んで、うちの業務畑でやっていく気はないか」
「君が加わってくれればとても心強い」
「いずれは出世し、皆をまとめる立場になってほしい」

上司から示された畑は、いわゆるITやらDXやらをやる畑だった。

高校では情報の授業をほぼ寝て過ごしていたし、理系科目には苦手意識が強い私にとっては、そういう業務には圧倒的な心理的ハードルがある。自分に業務適正があるとも思わない。身に余る期待だ。

その旨を失礼がない程度に伝えたが、そこは研修等で補うと言われた。それ以上は言えず、前向きに検討しますという旨の返事をした。

正直、なぜ自分がここまで買われているのかが全く分からない。面談中ずっと戸惑いながら話を聞いていた。

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ここまで書いてみて、随分と嫌な奴だなと思われた方もいるだろう、と思う。実際、私が他人としてこの文章を読んだら、「なんだ、出世街道にのった人の婉曲な自慢かな」と思うだろう。だが、本当に悩んでいる。困ったことに、割と本気で悩んでいるし困っている。

昔から、大人に褒められる子供だった。大体の大人には好かれるし、かわいがってもらってきた。

「真面目で良い子」
「頭が良くて優しい子」
「大人びていて礼儀正しい子」

周囲の大人の評価は大体この3つあたりに収束していたように思う。

だが、このどれも自信をもって「私が褒められた!」と言い切れるものはなかったように思う。

勉強ができると思ったことはない。真面目さも礼儀正しさも親の躾の賜物だ。特段、自分が努力していたわけでない。自分が特別頭のいいタイプだとは思っていなかったし、真面目でも礼儀正しくもなかったし、大人びていたのはぼーっとしていただけだと思っている。しいて言うなら、そういう風に育ててもらえるような環境にいられたという運の良さは誇れる。

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今、私に向けられている評価も同じことだ。運よく周りより優秀に見えているだけ。実際の自分はそれほど頭はよくないし、社会性が年相応かと言われると首を傾げる。
だから、ふとした瞬間にぐっと息が詰まるときがある。今、私に向けられている期待には応えたい。現状、たまたま運が良いからそれに応えられているが、運が尽きたら?私の地金が見えた時、期待を向けてくれた上司や先輩方をひどく失望させてしまうのではないか?そう思うと、心臓をつかまれたような気分がする。

たまに吐き気すら感じる。完璧を求めているわけではないことは上司からも言われているし、理解はしている。だが、ミスした瞬間、冷たいものが背中を走る。対応を間違えたことが怖くなる。

最近では、タスクが詰まってくると息苦しくなり、パニックになりそうになる。パニックになりそうになったら飴をなめてそちらに意識を集中させると良い、と何かで見かけたので、職場の引き出しには飴玉が常備されている。日に何度か舐めて、何とか仕事はやっている。

そうやってギリギリで業務をこなしているだけなのになぜか褒められるし、評価される。理由がわからず、困惑し戸惑う。悪循環だ。

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こんな社会人で良いのかな、と思う。こんな破れかぶれでごまかしながら、運の良さだけで何とかやっている人間でも褒められて評価されていいのかな、と怖くなる。

実は、辞めないように褒めて繋ぎ止めているだけで、実際は何の実力もない井の中の蛙だったらどうしようと思う。贅沢な悩みだから、人には言いにくい。素直に言ったら悩み相談に見せかけた自慢話でしかないと思われるだけだから。

今日も、明日こそ地金が露わになるのではないかとびくつきながら眠る。

通勤電車は憂鬱だ。重い足取りで職場に向かい、タスクを何とかこなしていたら定時を過ぎる。残業でなんとか間に合わせて家に帰り、また同じようにびくつきながら眠る日々だ。
今の仕事が向いていないのか、自分の性格の問題なのかと問われると、たぶん4:6くらいだと思う。本当は私みたいなタイプは、半年は全力でバイト、残りの半年で海外に行く、くらいがいいのかもしれない。

だが、その自由だけれど後ろ盾のない日々に飛び出すのは怖い。安定を手放せない。

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今日も布団に入り、ため息をつく。楽しいことを考えたいが、ふとした瞬間に明日のタスクを思い出してしまい、予定表をのぞき込んでしまう。こんな姿を上司も先輩も知らない。

だから、「タフ」とか「優秀」とか言ってくれるんだろうか、と思う。実際は違うけど。
こんな考え方をするのはよくないし、今の私の状態は不健全だ。それでも明日の私もメッキが剥がれぬよう必死に頑張るのだろう。剥がれた後の私に何の価値があるのか、自分が一番分からないから。