転勤帯同で心細い私を救ってくれたのは、一目惚れしたブローチだった

街を歩くことが好きだ。ただぼうっと歩くのも、自分の感覚が澄んでいく気がして良い。夫の転勤に帯同するようになってからは、知らない街を歩いてこれまで住んだ土地と比較を楽しむようにもなった。それぞれの土地との違いや共通点、新鮮な発見なんかがあると、世界がときめいて、自分の引越し人生が肯定されたような気分になる。
その日の午後も初めての街を歩いていた。馴染みあるチェーン店と独特なお店が並ぶ、新しくも穏やかなモール街。いつものようにぷらぷらとひとしきり歩いてみるも、この日は直感が鈍っていたのか、つかみどころがないというか、ときめきを感じられなかった。
ただ、ここで物足りなさを埋めるためにいい加減に選んだ飲食店に入ってしまうのはハイリスク。今回この街に訪れたのは別の用事のついでだったので、今この街歩きパートでお金を使いすぎるのは本望ではないし、かといって安いお店に入って気分に合わなかった時、いよいよ一日が報われなくなる。知らない街でそうなってしまうのは大変心細い。
終わりよければすべてよし、の逆。終わりだめなら全部だめ、これだけは避けたい。なにか見出さねばと思いながら歩いていると、目に入ってきたのはモール街の端に佇む一軒の婦人服屋だった。お店はシックな外観で、きっと常連さんだけが通っているであろう、いつもなら絶対入らないようなテイストだけれど、私の直感がここだと言っている。あみだくじに新しい横線を書き足すように、直感を信じて近づいてみることにした。
お店の軒下、地面に直接置かれた段ボールの小箱の中には、スカーフなどのファッション小物たちが300円前後で売られていた。中古品でもないのに、なんて心あたたまる価格だろう。どれどれといくつか手に取って眺める中に、リボンのブローチを見つけた。ひらひらした柔らかな生地にプリントされた赤と青と黄色のカラーリングは懐かしきディック・ブルーナの作品を彷彿とさせつつ、小さくお上品な花柄がほどよく幼さを中和している。
ぐっときた。正直、手持ちの服に合わせられるか、合わせられるセンスを自分が持ち合わせているか自信はなかったけれど、この一目惚れを手にすることによる今日の成功を確信してレジに向かう。たった300円だけの買い物をすることへの若干の罪悪感も、店員さんの丁寧で感じの良い接客に一瞬で吹き飛び、とんとん拍子でブローチは自分の物になった。
さっきまでのイマイチ感はどこへやら。帰りの電車の中で何度もブローチを眺めて嬉しさを噛み締めた。
私にとって一目惚れとは、「運命」とか、「ラッキー」とか、そういうニュアンスを含んでいる。本来出会わなかったかもしれないものが、自分の感覚や思考のギアがなにかのきっかけで切り替わることでひょいと視界に現れて、強烈にときめく。そんなイメージ。
街で出会えるこうした一目惚れが、その街に来た転勤帯同で心細い私を、正しく大丈夫にしてくれる気がする。その実感を得たくて、今日も街を歩く、歩く。
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