あの夏の日、私は男友達との一線を越えた。
そうしよう、と思っていたわけじゃなかった。成り行きでそうなってしまったから、あ、…まあいいか、と流されただけ。
別に、好きでもなんでもなかった。

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その人は大学の同級生だった。
普通に仲は良かったと思う。身長はそれなり、鍛えていて顔も良い方。彼女持ち。髪型や服装にも気を遣っている。成績と運動能力はそこそこ。趣味に全力投球するタイプで、アイドルの追っかけに熱量をかけている人だった。

彼を異性として意識したことはない。私は同じコミュニティ内の別の男が好きだったし、彼の推しのタイプが私と真逆なのを知っていた。彼は普通の友達で、砕けた話ができる仲良し。感覚では弟にも近かった。

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そういうわけで、卒業までの数年、本当に何もなかった。だから卒業後も友達相手の感覚のまま、飲もうぜ、とノリでLINEして、もち、とホイホイ飲みの計画を立てた。

そうして久々に会って、彼の彼女と上手くいっていない悩みを延々と聞き、私の意見を言い、2人でぎゃあぎゃあ盛り上がった。1次会を終えて2次会、さてどうしようもっと話したい、なら家が近いから寄ってく?と私は軽いノリで誘ってしまった。マジで何も考えていなかった。OKした彼を伴い、コンビニで戦利品を調達して一人暮らしの我が家へ雪崩込み、そこからはお酒片手に、私の高校の卒アルを挟んで顔が良い女の子論議である。この子が可愛い、あの子が可愛い、とひとしきり盛り上がり、待てよもう終電ねえじゃん、まあじゃあ風呂入ろ服貸すわ、とそれぞれ入浴し、いざ寝るという段。

広めのお布団の中、すり、と私の腕に敢えて顔を寄せた彼に漸く、あマジかそういう流れ?と私は思った。

それまで完全に彼を男だと意識していなかった。だって可愛い彼女居るし。というか彼女持ちの男を自宅に上げるな、という話である。でも本当に、友達が泊まりに来た感覚だったのだ。あとお酒がめちゃくちゃ入っていた。

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「え。いいの?」
「彼女見てないし」

それから始まったキスに流された私は、笑ってしまうほど考えなしで、クズで、お馬鹿だった。
まあ始まってしまったものは仕方ない。わーAV見すぎだわ、とところどころ思いつつ、しかし基本は生理的に嫌じゃなかったので流れに流され、私は男友達とあっさり一線を越えたわけである。

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一夜明け、なんだかんだ根が真面目な彼は仕事だと言って「また今度」と始発で帰っていった。
さすがにここまで来れば、彼を異性と思っていなかった私も嫌でも意識する。しかし彼の好みの顔は昨晩また嫌というほど知った。完全に私じゃない。よって私は彼が私を好きなのかサッパリ信じられなかった。

まあ明日か明後日か、近いうちにまた家に来たいと言ってきたら、私もまだ気持ちが残ってて応えられるかも。でもアイツ、彼女と別れるのか?

それから1カ月、何でもないLINEの応酬が続けられた。そして満を持して「彼女と別れた」と言ってきた彼に「そうなんだ。お疲れ、ゆっくり休んで」と素直に返した私は、彼に未読無視されて漸く、あ、今がそういう感じだったのね?と遅れて気づいたのだった。

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ちなみにこの一夜まで私は処女だったので、始まり方も断り方もよくわかっていなかった。でも彼も恋愛下手だったと思う。攻めるなら烈火のごとく攻めてこいや、と私は当時の彼にアドバイスしたい。まあ攻めてこなかった時点で、本当は私はお呼びじゃなかったのかもしれないが。

幸いにも、私はこの経験で懲りなかった。あーあの時はトラウマにならなくて良かったな、と今は別の男にトラウマを持たされた私は思っている。
でもめちゃくちゃ赤裸々に言うと、彼が一番興奮した相手だったかもしれない。適度に身体を鍛えてて、顔が良くて。視覚情報、触覚情報が私にとってはわりかし大事だとわかった一件である。私もできるだけ鍛えて綺麗にしておこう、と思った。

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なにはともあれ、これは私が無知で、無知だったがゆえに最低だった話だ。
まあ彼もクズだったからお相子で、良しとしよう。