季節は冬。
それなのに、私は汗だくだった。
カイロを貼りすぎたわけでも、マフラーを巻きすぎたわけでもない。そう、これは「脳内の汗」だ。

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緊張したり、考えすぎたりすると、人は脳に汗をかくらしい。
私はいま、まさにその状態だった。
その理由は明確だった。
大好きなゼミの先輩に、告白するかしないかを迷っていたからだった。

彼と出会ったのは、去年の春。
同じ専攻のゼミに配属され、最初に目が合ったときのことは、今でも鮮明に覚えている。
誰よりも真剣に発表を聞き、的確にコメントする姿。
研究に対して真摯で、後輩にも分け隔てなく接してくれる彼に、最初はただの先輩としか思ってもみなかった。

でもそこからだんだん惹かれていく。

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特に印象に残っているのは、夏のゼミ合宿だった。

田舎の山奥の研修施設で、数日間にわたって発表やディスカッションをするという、ちょっとした試練のようなイベント。
暑さもあって、みんな疲れ気味だったけれど先輩は終始元気で、ムードメーカーとして場を盛り上げていた。

その最終日の夜、研究の話から人生観にまで話が広がり、夜遅くまで語り合った。
汗をかきながら語った言葉の一つひとつが、私の心の奥に深く刻まれていた。
その夏が、私にとって「ただの憧れ」を「本気の恋」に変えたのだと思う。

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秋になってからも、ゼミで顔を合わせるたびにドキドキして、毎週のゼミが楽しみで仕方がなかった。

でも、卒論の追い込みで忙しくなり、私はその都道府県を離れる。でも、彼がまだずっと大学院に残るという話を聞いたとき、心がざわついた。

「今、動かないと」
そう思ってはいたものの、気持ちは揺れ続けた。

フラれたらどうしよう。関係が気まずくなったら…。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、気づけば汗をかいていた。

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季節は真冬。気温は一桁。
それでも私は、セーターの下でひとり、じっとりと汗をかいていた。

告白を決めた日の朝。

私はいつもより早く起きて、服を何度も着替え、鏡の前で深呼吸を繰り返した。
待ち合わせは、大学の中庭。あの夏の合宿の直前、彼と初めてじっくり話した場所だった。
白い息を吐きながら待っていると、彼が笑顔でやってきた。

冬の冷たい空気の中で、なぜか彼だけは夏のままのように見えた。
そして私は、思い切って言った。

「先輩のことがずっと好きでした。卒業する前に、どうしても伝えたくて」

声は震えていたし、顔も真っ赤だったと思う。
でも、ようやく心の中の汗が、外にあふれ出たような気がした。

彼は少し黙ってから、やさしく答えてくれた。

「ありがとう。気持ちはすごく嬉しい。でも、今は誰かと向き合う余裕がなくて…ごめんね。卒業しても頑張ってね」

正直、少しだけ期待していた。
だから、胸の奥が少しヒリついた。
でも、不思議と涙は出なかった。
むしろ、どこか晴れ晴れとした気持ちだった。
言えなかった後悔より、伝えられた安堵のほうが大きかった。

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冬なのに、心の中にぽっと小さな光が灯ったような、そんな感覚。
たしかに、私はたくさん汗をかいた。
迷って、悩んで、考えて。脇の下も、背中も、びっしょりだった。
でもそれは、恥ずかしさや不安の汗ではなく、自分の気持ちと向き合った証だったと思う。

季節は冬。
でも、私の心には、あの夏の熱がまだ残っている。

真冬に流した汗は、春へ、心機一転次の恋に向かうための、静かな一歩だった。