なぜ夏はこんなにも暑いのだ。
このまま暑さで身体が溶けて液体となり地面に染み込み蟻さん達にたかられたらどうすんだよってたまに思う。

当時、わたしは京都の田舎のさらに端に住んでいた。
あなたは京都の夏を経験したことがありますか?や、マジヤバいっすよ、地元民でも内心ヒイヒイ言ってますし涼しい顔して打ち水とかしてますけど、水が一瞬でムワッと生暖かい蒸気へ変わり顔を生あたたか〜く蒸してくるだけなんです。

京都では打ち水すなわち顔面を肉まんのごとく蒸すだけでむしろ熱くて歯がゆいんです。わたしは他県民さんの前では「涼し気な表情」しますけど京都人の意地です。褒めて下さい。

◎          ◎

それはそうとわたしは猛暑の中、電車を2回乗り継ぎ学校から自宅へと無事帰還していた。背負っていたリュックを玄関へ放り投げ、冷房のついたリビングへと早足で駆け込む。
「くう〜ッただいま」
気持ちよすぎて思わず先に声が漏れた。
クーラーのひえひえの冷気がわたしに纏わりつき、熱を絡めとってくれる。
我が家はオアシス!

「おかえり」
キッチンから父がひょっこり顔を覗かせている。その手にはスプーンと……ハーゲンダッツラムレーズンのアイスカップがあるではないか!
「わたしの分も、あるよね!?」
キッチンへ駆け込む。わたしの分買ってなかったらまた反抗期するからな?
父がニヤッと笑った気配がした。
「アルヨ」と父が呟く。

◎          ◎

ガラガラガラッ!
たまらず冷凍庫を開けた。部屋の空気よりもさらに濃く凝縮された冷気がわたしの腕や足へとフワリと舞い降りてくる。わたしの目には、ハーゲンダッツのバニラが煌々と輝き存在を主張しているように見えた。
さぁ、わたしを食べなさい……と甘く微笑み誘惑するハーゲンダッツバニラの美しい声すらも聞こえきそうだ。

フーッフーッとわたしは獣のような目つきでハーゲンダッツバニラを引っ掴んだ。
そして蓋を取り内蓋を剥がす。宝石を砕いたようなキラキラした、真っ白のバニラアイスの表面が露わになった。
ジュルリ……わたしは涎を拭う。食器棚から取り出した金属の銀スプーンを、わたしはバニラアイスの表面に突き立てた!

◎          ◎

カキーン!!と、バニラアイス。
はあ??ぎ、銀スプーンが……弾かれただと……。
そうだった。キンキンに冷やされたハーゲンダッツバニラは……固いのだ!
なんということだ。これじゃあすぐに味わえないではないか!

わたしは一瞬、カブトムシがゼリーを食べるように……スプーンを使わずにちまちまハーゲンダッツバニラを食そうかと血迷ったが、父の目があったのでやめておいた。父はリビングに移動しテレビのニュース番組みながら「台風来てるやん〜このままやと関西直撃すんなあ」と呑気に言っていたが、ふいに振り返ったとき娘がカブトムシみたいな食事の取り方してたらショックだろう。

ううう……はやくハーゲンダッツバニラ食べたいよお!
わたしはウズウズして小さく地団駄を踏みながらバニラアイスの表面を睨んでいた。はやくコイツを味わいたいのに!一周回って憎い!
外は身体が溶けそうなくらい暑いのに、部屋が涼しくて中々アイスが溶けない!

◎          ◎

……あ、いいこと思いついた。
わたしはハーゲンダッツバニラと蓋を手に鷲掴んだままベランダへと向かった。
ベランダの窓と網戸を開ける。ブワッと真夏の熱波がわたしを襲った。それにくじけず、ベランダ菜園で育てている茄子のプランターの横に蓋をつけたハーゲンダッツバニラをちんまり並べた。
フッフッ……。
この真夏の灼熱の中外に締め出して文字通り溶かして食べやすくてちょうどよい柔らかさになるまで部屋に入ることを禁ずる!
わたしは仁王立ちし勝利を確信した。

「暑いから閉めて〜」
父が迷惑そうに言うので閉めて、窓際でハーゲンダッツバニラを監視した。
外の気温でカチカチのアイスを溶かすって、夏にしか出来ないよね〜。
数分後、改心したのかハーゲンダッツバニラは人が変わったように食べやすくベストな柔らかさになった。
めっちゃ美味しかったです。