「そうだ!! この夏、本を作ろう!!」

それはほんの思いつきで、途方もないような計画だった。でも、春でもなく、秋でも、冬でもなく、夏だからできたことのような気がしている。

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私は三十代でごく普通の社会人だ。何も特筆するようなことはない。ついでに子どもの頃からアウトドアも泳ぎもからきしだめで、夏にはそんなにいい思い出がない。
それでも空から太陽の光が降り注ぐこの季節になると思い切って外に飛び出して何かを始めたくなる。そんな不思議な力が夏にはあるのだ。

私は元々文章を書くのが好きで、社会人になってからもコツコツ書いてはたまに公募に応募したりしていた。でも当然道は険しく、小さな賞でも落とされてばかりだ。

去年は張り切って何か月もかけて書いた小説が小さな文学賞の一次選考も通らなくて少し落ち込んでしまった。本屋に行けば売れ筋の本は平積みになっているし、ネットにはただで読める作品が山のように転がっている。そもそも、現代人には安く手軽に楽しめる娯楽が山のようにあって可処分時間が足りないのに。

こんな時代にあえて私が文章を書くことに何の意味があるんだろう。そんなふうに気持ちがどんよりとしかけたその時に、子どもの頃のことを思い出した。

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子どもの頃の夏休みに、誰にも見せないけどひたすら書きたい話をパソコンに向かって書いていたのはただただ楽しい時間だった。暑いのが苦手でも、どこにも連れて行ってもらえなくても大好きだった夏休み。あの頃みたいにもう一度人の評価を気にせずに純粋な気持ちで楽しく文章を書くことはできないのかな。この夏ならできそうな気がする。

そんな気持ちを胸に「そうだ、周りの文章を書いている人を誘ってみんなで子どもの頃みたいに夏休みの日記を書いて文芸イベントに出るっていうのはどうだろう」と思い立った。
そこからは勇気がいることばかりだった。私は数回だけ文芸イベントに出たことはあるものの、合同で本を作ったことはまるでない。

同人誌やZINEを一人で作るというのはコツをつかんでしまえば案外素人でも難しくはない。入稿が簡単な同人誌向けの印刷所というのがたくさんあるし、印刷のお値段も装丁やページ数によるが一冊五百円から千円程度とリーズナブルだ。

でも今回は人を巻き込む企画になるので、まずは企画書の作り方から勉強した。お金のことや著作権など先に決めておくべきことがたくさんある。

昔からの友人の他に、ネットで知り合った知人を合同誌に誘うのは本当に緊張した。「原稿を書いてほしい。けど、本を一冊渡すだけで原稿料は払えません」というのは相手にとって何の得にもならない話だと思う。そんな企画にのってくれる人がいるのか半信半疑で、なかなか連絡が返ってこなかったりするとキリキリと胃が痛みそうだった。

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ところが、なんと誘った方のほとんどが快諾してくれたのだった。すごい!! 自分でサークルをやっていたりイベントに出ていたりして忙しい人もたくさんいる。それなのにOKしてくれるなんて。この人たちの文章が一冊の本になるなんて、楽しみで仕方ない。

私は調子にのって表紙と裏表紙をイラストレーターさんに有料で依頼することにした。海の絵が得意な方なので、今から完成がほんとうに楽しみだ。徐々に原稿が集まってきたので、あとは整えて入稿するだけだ。

何の変哲もない、いつもと同じ三十代の夏にこんなことが起きるなんて思ってもみなかった。この記事を読んだみなさんも、素敵な夏を過ごせますように。