3年前の夏。それは、私が渡米して初めて迎える夏であった。
せっかくだから何か始めたい。
そう思い調べていた時、近所の図書館で英語を母語としない人向けの無料英語教室が開催されていることを知った。
現地で生きた英語を学びたいという思いはずっとあったものの、一歩踏み出す勇気が持てず、ためらい続けていた。それでも、「この夏こそ何か新しいことに挑戦したい!」そう思い、思い切って申し込んでみた。

申し込み後、レベル分けテストを受け、私は上級クラスに配属された。先生からの評価は、「まだ慣れない感じはあるけれど、上級クラスでもやっていけると思う」というものだった。授業についていけるか不安ではあったが、私は上級クラスに参加できることが少し嬉しかった。意外に私って英語できるんだな、そしてこれからもっとできるようになるんだな、と期待に胸をふくらませていた。

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1回目の授業は自己紹介。
年齢もバックグラウンドも異なる個性豊かなクラスメイトたちとの初の顔合わせである。
たった数分の自己紹介だけでも、私はその多様性に驚きを隠せなかった。

中米のホンジュラス出身の女性は、40日間も歩いて国境を渡り、アメリカにたどり着いた方。毎日野宿で、寝ている間に所持品が盗まれる可能性があるため、誰かが見張りとして起き続けなければならない。それでも皆、自国での不安定な生活を抜け出すため、遠路はるばるやってきたのだそう。
南米コロンビア出身の男性は、アメリカ市民権取得のため、毎日勉強に励んでいる。週40時間のフルタイム労働と勉強の両立は体力的に厳しいと語りながらも、それでもアメリカに住み続けたいと、強い意志を口にしていた。
韓国から来た男性は、いつかアメリカで働きたいという奥様の夢を叶えるため、ご自身の韓国での仕事を休職してまで1年限定で渡米したのだという。

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「無料で英語を学べるなんてラッキー」と軽い気持ちで参加していた私とは、圧倒的に違っていた。彼らは皆、本気で英語を習得しに来ていたのである。
ここはアメリカ。まさにアメリカンドリームを掴みに来ていたのだと、私はアメリカの競争社会の現実を目の当たりにした。

自己紹介が終わり、英語の授業が始まると、与えられた場面設定の中で自由に発言できる機会が多くあった。
しかし、私はほとんど話すことができなかった。分かっているのに、発言できない。
本気の彼らの積極性に圧倒され、私は話題を振られて初めて、口を開くのがやっとだった。
レッスンに参加できなくて悔しい。
周りと比べてしまい、惨めな気持ちにもなった。
私には、英語の能力だけでなく、なにかが足りないと感じるようになった。

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そもそも私がアメリカに来たのは夫の転勤が理由で、主体性はなかった。
それゆえに、アメリカには「連れてこられた」という感覚があり、自分の人生を生きているという実感が持てずにいた。
しかし、必死に頑張る彼らの姿を目にしたことで、私の意識は大きく変わった。
今目の前の人生を、自分の人生として主体的に、積極的に生きようと思ったのだ。
そして、私が目指した次の目標は、「アメリカで働いてみたい」ということだった。

英語教室に通い続けて少し経った頃、現地レストランで就労を開始した。
同僚に日本人はおらず、すべてのコミュニケーションが英語。私にとって、英語話者だけの環境は人生で初めてだったが、英語教室に通っていたおかげで少しずつ慣れていくことができた。

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渡米から1年が経った頃、ふと、「1年前の私、今の私を想像できただろうか」と思った。
初めての海外生活で現地の英語教室に通い、現地での就職を決め、日本で得ていた給料と同等の額を米ドルで稼ぐ生活を手に入れる。
渡米して1年でそんな大きな変化があるなんて、夢にも思わなかったことだ。

私のアメリカ生活の本当の意味でのスタートは、この挑戦から始まったと言っても過言ではない。