下手の横好きとは私のことだ。音楽が大好きで続けてきたが、ほとんど上達を感じたことはなかった。 

高校生の時に所属していた軽音楽部で、三年間続けたギターは多少上達したが、全く他人に聞かせられるようなレベルではなかった。それなら歌はどうか。軽音楽部所属でした、と自己紹介をするとなぜか大抵、ボーカルですか、と聞かれる。しかし、残念ながら歌の才も全くと言っていいほど無い。部活後、ボーカルをしている友人とよく一緒に帰っていた。その際に私が気持ちよく歌っていると、友人は私に対して、気持ち良いぐらい音を外せるね、と酷評をしてくれたほどだ。

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そんな筋金入りのヘタクソであるにも関わらず、今、ステージ上で歌う夢を描いている。きっかけは、出身高校の軽音楽部の卒業生によるOBOGライブに顔を出したことだった。そこでは今も仲の良い友人達が、ステージ上で歌って輝いていた。その姿を見た私は、強い羨望を抱き、次は自分が歌いたいと思ってしまった。

歌うこと自体は大好きで、よく家では何かしらの曲を口ずさんでいる。ステージで歌うことの問題点は致命的に下手であることだ。もはや、一周回って私が下手なのではなく、周りが上手すぎるだけなのではないか、と思うこともあったが、カラオケでは平均点を切るのでどうやら本当に下手らしい。

ただ、やはり好きだからこそ、昔からどうにかしたいと悩んでいた。ボイストレーニング(ボイトレ)に通いたいと思って、体験レッスンにも行ってみたことがある。その際、習い始めようと決心できなかった理由は、下手くその私がボイトレに通うこと自体が恥ずかしく感じてしまったからだ。

そんな私ももうすぐ三十歳だ。少し生活に余力が出てきた私は、このまま死んでしまったら後悔しそうなことをリストアップした「やりたいことリスト」を作った。まだ三十だ、上手く出来ずに空回りして、もがき苦しんだとしても、恥をかいたとしても、いくらでも失敗はできる。リストの一番最初には、ボイトレに行く、と書いていた。

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歌唱自体は多くの人が多かれ少なれ出来てしまうため、練習という点に重きが置かれづらいという。しかしながらボーカルも喉を使う楽器らしい。一つの楽器を上手だなと思ってもらえるくらいに上達するには、数年、いやそれ以上の年月がかかってくる。そこで私は、最低五年間本気で歌に向き合ってやろう、ちゃんと練習して上手くなってやろう、と決めた。その上で、全然進歩がなかった、ただ五年間お金を無駄にしただけで終わってしまったら潔く諦めよう、そう心に決めた。

この夏でボイトレを始めて一年が経つ。他人から見て何か分かりやすい変化があったかと言うとあまり無いようだ。夫からはよく、音外してるよ、と言われている。ただ、昔は裏声でしか歌えなかったが、地声で歌うということの感覚が分かるようになった。定期的に自分の歌声を録音して昔と聴き比べているが、前よりも芯がある声になったように感じる。カラオケで採点をつけると九十点を超える曲もあった。元々歌える人からすると当たり前の点数かもしれないが、私は八十五点前後で生きてきた人間なので、圧倒的成長だ。

しかしながら、依然として音感は悪い。ズレたな、と分かる音もあるが、微妙なピッチの悪さは気づかない事が多く、夫に微妙にズレてると指摘されることが多い。音感は鍛えられるそうなので、頑張って音感トレーニングを日々繰り返している。

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ボイトレに通っているという話をすると、もう三十歳だよ、歌は習っても伸びない、無謀だよ、という声をかけられることがある。それでもいいのだ。

不格好でもいい、笑われてもいい。まだ三十歳だ。これからの人生でいつだって今が一番若い。この挑戦が失敗に終わってもいい、もがいてやろう。ずっと内に秘めていた憧れをいつか叶えるために、一世一代の大勝負をしてやろうと思う。