「お客さん、すごく長くて綺麗なまつ毛ですね。
良かったらウチでまつ毛パーマをしていきませんか?」

先月のある日のこと。
街中をひとりのんびり歩いていたら、20代くらいの女性にそう声を掛けられた。

「長くて綺麗?私のまつ毛がですか?」

これは褒められて嬉しいことなのかよく分からなかったが、
綺麗という言葉につられてニコリと微笑んだ。

「こんな美しいまつ毛見たことがありません。パーマをかけて人に見せないと損ですよ。せっかくだから、うちでまつ毛パーマかけませんか?」

パーマ・・・ヘアサロンでしか耳にしたことのない言葉に戸惑いを覚えたが、
店員さんの勢いに流され、施術を受けることに。

「施術中は目を開けないで下さいね。薬剤が入ったら、眼球に傷がつくかもしれませんので」

施術の直前、女性は私に向かってそう言った。
眼球に傷がつくかもしれない。怖いなあ。
万が一、目に何かあったらどうしよう。
そんな不安もあったが、「可愛くなりたい」という自分の気持ちのほうが強かった。

見た目を良くするために、生えているのだとばかり思っていた

「痛っ・・・」

施術を受けて数時間後、目に鋭い痛みが走った。
すぐに病院へ行かなくては。頭では分かっているのに、鏡ばかり見ていた。
良かった、まつ毛パーマは取れてない。パッチリ可愛い瞳のままだ。
なんて呟いている間に、どんどん目の痛みは激しくなっていった。

「角膜に大きな傷が入っています。急いで目の洗浄をしましょう」

一週間くらい経って、やっと病院へ行った。
診察した医師は、深刻そうな表情を浮かべてこう言った。
その時も、私は自分の見た目のことばかり考えていた。

「長くて綺麗って言われて、まつ毛パーマを受けたんですけど・・・
洗浄したら、パーマ取れちゃいますよね?それはなるべく避けたいんですけど」

「どうしてまつ毛が生えているか知っていますか?
大事な目を守るためです。
あなたの目が見えるのは、まつ毛のおかげなんですよ」

そう言われて初めて、まつ毛が果たしている重大な役割を知った。
見た目を良くするために、生えているのだとばかり思っていた。
知らなかった、ああ、そうなんだ。私の目が見えるのは、まつ毛のおかげなんだ。

「目の洗浄を行います。パチパチと目をあけていてください」

じゃぶじゃぶじゃぶ。看護師さんが手に持っている洗浄液が、目の中に吸い込まれていった。すーっと頬を伝い、床に流れ落ちていく。
涙だと錯覚してしまうくらい、あふれる量の雫だった。
まつ毛を蔑ろにしていた愚かな自分自身も、一緒に流して欲しいと願った。

見た目の良さよりも自分の身体を大事にするようになった

治療を受けてから数時間後、目の痛みはなくなった。
まぶたが腫れることなく、パッチリと大きく開いた両目。
見慣れた景色が映った瞬間、心の底からホッとした気持ちになった。
良かった、ちゃんと目が治って。
その日からは、見た目の良さよりも自分の身体を大事にするようになった。

薬剤が目に入って、角膜に傷がつく。
災難なことではあったが、今回の出来事を通して見た目の良さばかりに囚われることのリスク、まつ毛の大切さを痛感することができた。
見た目を良くしたい、可愛くなりたいという気持ちは今でもある。
だが、それ以上にまつ毛に対する感謝の気持ちが大きい。
長くて綺麗。世界に一つしかない私のまつ毛を、これから先も大事にして、
明るく生き生きと過ごしていきたいと思う。