大学2年生の冬、平凡な女子大生だった私はアナウンサーを目指そうと決意しました。きっかけは当時付き合っていた人と別れたこと。抜け殻のようになってしまった私は、「このままじゃいけない、なんでもいいから大きな一歩を踏み出して自分を変えなきゃ」と使命感にかられました。なにかに対して必死にならないとうまく生きていけないくらい、あのころの私にとっては大失恋だったようです。そして実は、アナウンサーになれば彼を見返してやれる!そんな邪な想いもあったのです。

悲しいかな、彼氏と別れてデート代もホテル代も使わなくなりお金が貯まりました。そのお金でとあるテレビ局のアナウンススクールに通うことにしました。

スクールでの日々は刺激的で、冷や汗をかきながら必死でついていきました。

スクールにはこれまで出会ったことのないような人がたくさんいました。講師は現役アナウンサーや元アナウンサーで、テレビで見ている人にも会いました。パンッ!と張ったよく通る声で発せられる「こんにちは!」という挨拶をたった一声聞いただけで、プロの仕事としてのアナウンサーを見せつけられたようで鳥肌が立ちました。教室に入ると生徒はみんな発声練習をしていました。私も慌ててテキストを開き、キョロキョロしながら「あ・え・い・う・え・お・あ・お……」と頼りなく口にしました。最初の自己紹介では、みんなが様々な目的をもってスクールに通っていることが分かりました。私のようにアナウンサーを目指している人だけでなく、理路整然と話す訓練がしたいという理由で来ているアイドルもいたし、人前で緊張しないで話せるようになりたいという男子学生もいました。ちっぽけだった私の世界は少しだけ広がりました。スクールでの日々は刺激的で、冷や汗をかきながら必死でついていきました。

母にお願いして近所の公園でスマホで写真をとってもらい作ったエントリーシート

来る大学3年生の夏、ついに民放キー局にエントリーシートを送ります。アナウンス職のエントリーシートには指定されたカットの写真を何枚も貼って送らなければなりません。写真スタジオで撮るお金もないし、家に良いカメラもない。困りました。私は母にお願いして、近所の公園や神社でスマホで写真を撮ってもらうことにしました。もちろんモデル経験なんてないから人前で写真を撮られるのが恥ずかしくて、人がいないタイミングを見計らい、もじもじしながら撮影しました。家のプリンターで印刷した写真は決して綺麗とは言えなかったけれど、私はそれをせっせと糊で貼り、自分がどんな人間でどんなアナウンサーになりたいのかという想いをしたためたエントリーシートを5つ完成させました。

結果、一社からは面接に来るようにと連絡があり、また別の一社からはインターンシップに参加するようにと連絡がありました。よかった!スマホで撮った素人写真でもなんとか通過した!そのときは自分が面接やインターンに行けることよりも、手伝ってくれた母に報いることができたという喜びのほうが大きかったことをよく覚えています。

いざ面接やインターンシップに行くと、世界の違いに圧倒されました。みんな可愛くて綺麗、みんなハキハキしてる、みんなちゃんとアナウンサーっぽい……。あぁ、私なんて場違いなんじゃないか、メイクも下手だし、大学のミスコンも出てないし、おしゃれじゃないし、特技もないし。帰りの電車では窓に映るぼけーっと魂の抜けた顔の自分を見て、無力感でいっぱいになりました。

半べそをかきながら「はやくおうちに帰りたい」とだけ思っていた面接

大学3年生の冬にもアナウンス職の選考がありました。私は自分が本当にアナウンサーになりたいのか分からなくなっていました。地方局まで受けるほどの熱意はなく、それでもなんだかスッパリ諦める気にもなれず、民放キー局にだけエントリーシートを送ってみることにしました。すると一社から面接に来るように連絡が来ました。

自分でも考えがまとまらないまま、とりあえず面接に向かいました。会場に着くと、他の子たちは自分に似合う思い思いのスーツを着ていました。グレーのフレアスカートのスーツ、かっこいいストライプの紺のパンツスーツ、柔和な印象のベージュのスーツ、清楚な白いジャケット。私は自分がその場にいることが恥ずかしくなり、うつむいて自分の真っ黒なリクルートスーツをじっと見ていました。こんな子たちに勝てるわけない。面接では何を話したか覚えていません。流れ作業のように終わってしまい、半べそをかきながら「はやくおうちに帰りたい」とだけ思っていました。

家に帰ってスーツを脱ぎ捨てながら努めて明るく「お母さーん、私もうやめるわーアナウンサーの就活」と告げると、母はいつも通りの様子で「ふ~ん、そうなんだ~」とだけ言いました。心が軽くなりました。そこから一般企業への就活へ切り替え、その途中で新しい恋人もできて、残りの大学生活を謳歌し、私は無事に会社員になりました。

アナウンサーを目指して奮闘した一連の出来事は、私の中で黒歴史?

さて。このアナウンサーを目指して奮闘した一連の出来事は、私の中で黒歴史でした。人に話すときは、インパクトを与えたいときにネタとして使っていました。でも待てよ?本当に黒歴史か?私は本当に昔の恋人を見返すためにアナウンサーを目指したの?

自分の心の声に優しく耳を傾けてみると、中学生の私が「違うよ!」と声をあげました。「中学2年生の時からアナウンサーになりたいと思ってたんだよ。3年生を送る会で司会をやったとき、原稿にあった分からない単語について先生に質問したり調べたりして事前に準備したこととか、つっかえずに読む練習をしたこととか、そういうのが楽しかったんだよ!3年生の先輩が、司会上手でアナウンサーみたいだったよって言ってくれたのが嬉しくて、アナウンサーになりたいなって思ったのがきっかけ。でも私みたいな地味な子がアナウンサーになりたいなんて言うのが恥ずかしくて、将来の夢は公務員って言ってたんだよ」。そうかそうか。正直に話してくれてありがとう、中3の私。心の奥底にしまい込んで蓋をしていたけど、実はかなり前からアナウンサーになりたかったんだね。じゃあ、大学生の私は勇気を持って挑戦してみてよかったよね。

これは私の黒歴史じゃなくて、勇気を振り絞って奮闘した武勇伝です。