“私が総理大臣だったら”、そんな事を考えただけでワクワクする。もし本当になったなら、責任感でワクワクなんてしている余裕無いだろうけど。

無責任にワクワクを第一にどんな国にしたいか考えてみようと思ったが、私には一つだけ総理大臣の力を使ってどうしても変えたい事がある。

「ウチに来ればどんな子でも可愛い」と言った母を誇りに思う

それは、“動物の命”について見直すことだ。“命の販売”をやめたい。命に金額がつくことはおかしいと思うのだ。そして、“命の期限”がある子を0にしたい。毎日全国各地で、罪のない命が奪われている。その事実を知ったのは、およそ15年前。私が中学校の時だった。

「犬を家族に迎えたい!」と、幼い頃から言い続けてきて、やっと父が首を縦に振った。母と私と妹は大はしゃぎ。母は生まれた時から、犬や猫が家族の一員である事が当たり前の生活を送ってきたが、父は動物が苦手だった。だから、なかなか了承を得る事が出来なかったのだ。私たち姉妹は、母の実家の犬と猫に触れて育ってきたから、当然大好きだった。

母は、特に血統書のついた動物に拘らなかった。「ウチに来ればどんな子でも可愛い」それが母の口癖だ。私は、そんな母を誇りに思っている。

あの子の人間を信じない「拒否の目」を、私は一生忘れないだろう

ある夏の晩、私たち姉妹はペットショップではなく、ある民家に連れて行かれた。薄暗い闇の中、光る二つの目。じーっとこちらを見ている。目を凝らすと、かなり痩せた和犬がそこにいた。見ているというよりは、“睨み付けている”そんな表現が正しいのかもしれない。かなりショッキングな光景だった。こちらが好意を向ければ、犬も自然と寄ってきてくれるものだと思っていたからだ。私は、その時まで優しい幸せな目をした犬しか見た事がなかった。

聞けば、飼い主はその犬を置いて出て行ってしまい、保健所へ行く日が決まっているという。この子には命のタイムリミットが迫ってきているのだ。「私たちしかこの子を救えないんじゃないだろうか」「この子にとって私たちが最後の生きるチャンスなんじゃないだろうか」と私は思っていた。ふと横を見ると、妹も同じ事を考えているようだった。

そこから、私たちは必死だった。しかし、一歩近づくと吠えられ、“完全に拒否”という感じだった。「...もう帰ろうか」悲しい声の母。本当は、1番母がこんなこと言いたくなかったと思う。

帰り道、私は母にバレないように後部座席で声を殺して泣いた。「もう、あの子には会えない。私があの子を殺した」と感じていた。この出来事は、15年経った今でも鮮明に覚えている。大好きだった家族に裏切られ、置いていかれる。どんな気持ちだったんだろうか。あの子の人間を信じない“拒否の目”は、この先も一生忘れない事だろう。

その後、迎え入れた真っ黒な目がくりくりとした茶色の小さな和犬は、今では少しおばあさんになり、幸せそうに実家でのんびり暮らしている。この子も実は母親が人間に殺されている。野犬だった母犬を捕まえる為、麻酔銃で打ったところ、量が多くて亡くなったと。そのすぐ側いたのが、我が家の子を含む子犬たちだったそうだ。

総理大臣になったら、傷つく子が0になるよう「動物の命」を見直す!

その後、私の家には猫が次々と迎え入れられた(父は予想外に猫にメロメロ)。皆、元お外にいた子たちだ。ペットショップにいるようなお顔が整っていたり、毛並みがふさふさなわけではないが、それでもものすごく可愛い。本当に母の言う「ウチに来ればどんな子でも可愛い」は事実だと思う。人間の数の倍に動物が増えても、母は人間の子供と同じように接する。ひとりひとりの体調や表情を毎日チェックし、少しでも様子がおかしければすぐに病院に連れて行く。もはやプロ。我が母ながら尊敬する。

近年は、テレビでも保護犬や保護猫が取り上げられたり、芸能人も家族に迎えられる方が増えている。少しずつ“命の見直し”が行われているように感じる。それでも0にはならない。

だから、私が総理大臣になったら“動物の命”を見直したい。“命の販売”をなくしたい。“命の期限”がある子を0にしたい。15年前のあの子のような悲しい目の動物が0になるように。学校の授業で、この現実を伝えていくのはどうだろうか。実際、私は感受性豊かな10代にこの現実を知って良かったと思っている。子供が命を大切に出来るようになれば、大人だって考え直すだろう。頭カチカチの大人に直接呼びかけるよりもずっと良いと思う。

「ウチに来ればどんな子でも可愛い」そう言える大人が一人でも増えるように。