私は可愛いものが大好き。

何故こんなに好きなのだろう。これは小さい頃からだ。
可愛いもの見ると、すぐに
「可愛い!」と言っていた。

羊の刺繍のハンカチに、小さな花が沢山散りばめられたワンピース。
フリルがあしらわれたつけ襟は、ねだって母に買ってもらった。

可愛くない自分を、可愛いと言ってくれる彼は貴重な存在だった

そんな私は、思春期を迎え、色々なことに気がついた。
「私って思ってたより可愛くない」
も、その一つだった。
切長の目に、物怖じしない性格。それは私が思い描く理想の「可愛い」じゃ無かった。

可愛いものが好きだった。
でも私は自分が思い描く「可愛い女の子」じゃなかった。
私が可愛ければ、私は自分自身を好きになれるはずだった。そう思ってた。
私は自分に関心を向けるどころか、自分自身を受け入れられず拒絶した。
それから数年後、付き合った彼は、『可愛い』と言ってくれる貴重な存在だった。

元々、可愛くなりたいと定期的に泣いていた私だったが、ある日決定的な出来事が起こった。
それは『可愛い』と言ってくれた彼が一緒にいる時間が長くなると徐々に『可愛い』と言ってくれなくなったことから始まった。

私は可愛いと言って欲しかった。めんどくさくて重いことは十分承知していた。だから、口に出すのは控えていた。

ある日、本の整理をしていた私は、たまたま買った雑誌の中のある写真が目に飛び込んできた。
それは、彼が好きなアイドルグループのメンバーが写った雑誌の表紙だった。
写真も、雑誌でのインタビューも、彼女は本当に可愛かった。

「彼に見せよう」

いつもならヤキモチが勝っていた私は、テレビで彼女が写るとチャンネルを変えていた。
そんな私だったが、その日はどういうわけかちょっとした意地悪な心で、彼にその雑誌を見せてみることにした。

彼の好きなアイドルへの視線で悟った、容姿が良い子と私の大きな差

「これ見て!彼くんが好きなアイドルが載ってる雑誌~!」

彼はそのアイドルを見ると、彼は

「あっ…。」

と、声とも吐息ともつかない音を漏らした。
写真に「可愛い」と言えば、私が悲しむと思ったのだろう。そういうデリカシーのあるところが彼の良いところでもある。
彼がそのアイドルを見る目の奥が嫌いだった。

美しい、可愛いそれを称え崇める目。

その目と同時に彼の口から漏れ出した音は、たしかに彼女の可愛さを称えていた。

私が欲しいものを、雑誌の中のあの子はいとも簡単に引き出した。
悔しさと怒り、どうにもならない感情がこんがらがって涙が出た。

そして私は自分を責めた。このアイドル位可愛ければ「可愛い」をくれたのか。可愛くないわたしが悪い、と。

洗面所にこもって、泣いた。

泣きながら母に電話しても、帰ってきたのは「そんなこと言うのは、みっともない」という言葉だった。
何がみっともないだ、と私は思った。
容姿が良ければ嫌な思いをすることも減るし、何より他人から認められる。容姿が良ければ得られる恩恵、特権は山のようにあるというのに。

でも、それよりも何よりも、私は自分を可愛いと思いたい。可愛い私でいたい。

私は可愛くなりたいあまり、自分の人生を放棄していた。

人生を放棄していた私が、カウンセリングを受けてわかったこと

そんな事が数回あり、私が可愛くなりたいと泣いているある日、彼が言った。

「カウンセリングを受けてみたらどう?」

この苦しみから逃れられるならと、私はすぐにカウンセリングに申し込んだ。

初めて話すカウンセリングの先生に、可愛くなりたい、と泣いてしまう事を説明した。
先生は、私に何個か質問をした。
周りからどんな人と言われますか。
貴方の両親はどんな人ですか。
可愛くなったら、貴方にとってどんな良い事がありますか。

私が質問に答え終わると、先生は言った。

「可愛くなりたいと言う気持ちと、本来の貴方のバランスの偏りが苦しさを引き起こしているように思われます」
そして
「可愛い女の子になりたいという思いは、貴方が生きるために大切だったことです」
ということも。

やっと見つけた可愛い私を、胸を張って言える様に自分を愛したい

そう言われた時、妙に腑に落ちたのを覚えている。
ずっと寂しくて、認めてもらえなかった私は冷え切っていた。
理想の私と、現実の私。
私はいつも自分に「理想の私」を求められていて、「本当の私」をおざなりにされていたのだな。そんな私に気がつき、少し涙が出た。

「可愛くなりたい自分を大切に、本来の自分になれる時間を増やしていくと良いですよ」

その言葉の通りにした私は驚くほど穏やかに過ごせるようになった。
可愛くなりたいと泣くこともほぼ無くなった。
そして、可愛いものが大好きな自分を改めて発見した。今まで
「理想の自分ならこれは可愛いと言わない」と決めつけていたものも、「本当の自分」として『可愛い!』と言えるようになった。
それは私は私らしくいたい、という自分自身への祝福、そして宣言でもあった。そう言えることが嬉しかった。

もう1人にしないよ。ずっと私がそばにいるから。少しずつでも、そうやって、もう一度自分と仲良くなれる。
友達になっていくみたいに、自分も少しずつ知っていけたらいいな。そう思った。

本当の自分って、こんな自分。
こんな自分が最高に可愛い。
私が胸を張ってそう言える日は遠くない気がする。

一日二日じゃ、凍った心は溶けないから、少しずつ。
気長に、ぎゅっと抱きしめるよ。
きっと自分を愛せるようになるよ。
その時、私という丘には色取り取りの花と、最高に可愛い笑顔があるはずだから。