私は自分の鼻がコンプレックスだ。高さはあるけど、小鼻が大きくて印象的だ。鼻は顔の中心にあるのでとても目立つし一番に目がいく。「鼻高いね」は一般的に褒め言葉らしいが私にとっては言われたくないフレーズNo.1だ。
幼少期、からかわれ続けた大きな鼻。つけられたあだ名は私の呪い
産まれたときから既に鼻が大きかったらしい。親戚の人達に顔の半分が鼻だと笑われていたと母から聞かされたことがある。写真を見ても、ちっとも可愛い赤ちゃんではなかった。父も母も別に綺麗ではないがそれなりに普通の形なのに、一体どこの遺伝子を受け継いでしまったのだろうか。
小学生になると本格的に鼻についてからかわれるようになった。男の子達に変なあだ名をつけられて笑われた。その時からわたしの顔に呪いがかけられた。自分の鼻は他の人と違っておかしいんだと深く落ち込んだ。それからなんとか少しでも小鼻にするために毎晩かかさずマッサージをしてみたり、ノーズクリップという洗濯バサミのようなもので鼻をつまむ道具も試してみたが、結局気休めに過ぎず、取り立てて顔が変わったなんてことは案の定なかった。
朝起きて鏡を見たら理想の鼻になっていた!なんて夢を何度見たことだろう。
子供の頃に付けられたあだ名は悔しいことに一生忘れられないし永遠に心の傷となる。いまだにトラウマとしてしっかりと残っている。
褒め言葉も嬉しくない。いつだって卑屈になる自分がいる
大人になってからは指を差してやいやい言われることはなくなったものの、初対面の人には高確率で「鼻が高いですね!」などと言われる。これを言われると卑屈なわたしは脳内で「鼻が目立ちますね」と言う風に変換してしまい、以後その人とは距離を置きがちになる。
別に悪気はないだろうし本当に鼻の高さを褒めてくれているのかもしれないが、鼻については触れて欲しくないと言うのが本音だ。
マスク必須のご時世になってから更に地獄は増した。マスクも顔の一部のようになった今、初めましての人の前でマスクを外すのが非常に恥ずかしくて堪らない。当然の事ながら視線がマスクの下に向けられるからだ。視線が痛いくらい鼻に集中する、あの感覚が耐え難い。
そして言われるあの一言。
一般的な褒め言葉だって言われて嬉しくない人だっている。嬉しくないのだからありがた迷惑だ。「鼻が高いことは良いことだよ」なんて言われるが、それは完全に価値観の押し付けだと感じる。こちらは言われる度にトラウマを思い出すし不快な気持ちになるのだから。
コンプレックスを受け入れるなんてできないから、これからも闘おう
自分の鼻は鏡を見るたびに鏡を割りそうになるくらい大嫌いだけど、整形をする勇気もお金もない。そうなるとこの顔とは一生のお付き合いなので、ある程度開き直るしかないのかもしれない。ただわたしにはまだコンプレックスを受け止める準備ができていない。この顔もなかなかいいじゃん、なんてどうしたって思えないのだ。
だがその代わり、闘う覚悟はある。何をしたってモデルさんのように劇的に可愛くなれるわけではないし、過去に言われてきた事実が消えるわけではない。自分の顔はこれからもきっと愛せないけど、それでも少しでも可愛くいられるように、自信を付けるために努力は続けていきたい。マッサージが気休めだって、ノーズシャドウを塗りたくったって良いじゃないか。これがわたしのコンプレックスとの闘い方なのだから。
誰かの視線に負けるな。コンプレックスと闘う世の中の女の子達は今日も最高にかっこいい。