「またね」と言ってキスをする。閑静な住宅街にある、マンションの玄関前。
夜の風に吹かれ、ハーフアップに結んだ髪が靡く。彼は私を可愛いと言う。私の容姿にまつわる全てを褒めてくれる。
それがくすぐったくて、少し笑ってしまう。きっと今、私は綺麗だ。束の間の自信が煌めく、22時。
鏡に映る姿勢の悪い女。この身をどうよく見せるかということが命題だ
浴室の戸を開ける。曇った鏡に、姿勢の悪い女が映った。下腹が少し出ている。大人になりきれない子供のような、アンバランスな体型に嫌気が差す。
近頃なかなか眠れず、隈も酷くなった。いつできたのかも分からないシミは、歳を取るにつれ広がってゆき、もうなくなることはない。なんて醜い身体だろう。細くて羨ましいなどと言われることもあるが、それはただの幻想だ。体重は人並みで、特別痩せているわけではない。寧ろ、汚いこの身をいかにしてよく見せるかということは、常日頃から抱えている命題なのだ。
床にバスタオルを広げる。くたびれた足を投げ出し、宝箱の形をしたメイクボックスを開けた。虚しい音のするシェーバーが、余分な体毛を剃り落としていく。
丑三つ時、街中が寝静まる頃に、なぜこんなことをしているのだろう。だらしない女だと思われないため、愛されるため。理由なら山ほどある。それにも関わらず、有意義なことをしているという実感が全く湧かない。
誰にも見られなければ、こんなことをしなくて済むのにとさえ思う。美しくなろうとすることは、素晴らしく、愚かな挑戦だ。
互いに品定めする客と店員。下に見て安心しようとしているのだ
黒ずくめの制服を着て、レジに入る。ショッピングモールの一角、昼夜を問わず客を飲み込む食料品店で、のろまなアルバイターは働く。
今日も、ベルトコンベアに乗せられた段ボールのように、様々な顔をした人間が流れ込んでくる。あの人が着ている服は素敵。あの人はスタイルが良くて羨ましい。
私は彼らを見る。彼らも私を見る。やさぐれた目つきの店員だ。疲れきったような顔をしている。彼らはそんな私を疎ましく思いつつも、どこかほっとして、下に見ようとする。人はいつも、周囲に視線を突き刺して歩く。無意味なことであると分かっていながら、互いを品定めして、安心しようとするのだ。
お気に入りのブランドの店。ヨーロピアンヴィンテージをテーマに、可愛らしい女性服を提供している。ラックにかけられたワンピースの中から、優雅な感じのする一着を手に取った。
これが着られたら、どんなに楽しいだろう。でもきっと、親に変な目で見られてしまう。友人は私を笑うだろう。ひょっとすると、彼に嫌われてしまうかもしれない。
他人の目は常に気になるけど、私は今の身体を愛してやりたい
良からぬ想像が頭を駆け巡る。今日はやめておこう。手持ちのお金もあまりないことだ。ましてや、お店の人におだてられるようにして買うなんて、無様じゃないか。
そんな真似をするくらいなら、堂々とこの服を着て歩ける女になりたい。そっとワンピースを戻した。
身体は憎いものだ。私を構成する要素でありながら、ときにその人生を邪魔する。美しくありたいと思ったことは、数知れない。
それでも、今の身体を愛してやりたいと思うのは、自身への執着を捨てきれないせいだろうか。あのワンピースは、来たるべきときに買おう。とっておきのスカートを履いて、ピンクのシャドウを塗れば、また明日が来る。