毎日訪れる、前髪セットの苦悩とセルフカットへの憂鬱
「ああ、だめだ、だめだ、だめだ。全然だめだ」
一分一秒が貴重な朝に、VIP対応で特別に時間をかけているのに前髪が決まらない。せっかく朝ご飯を五分で済ませたのに、前髪に十分もかかっちゃ、結局パーだ。たとえ時間がかかったとしても上手くいったならまだ許せるが、決まらないとなると最悪だ。
「熱っ」
リテイクしすぎた前髪はもう火傷するんじゃないかというくらい熱を持っている。奮闘するのもこれまでか。
「ああ、もう絶対今日の夜に前髪切るんだから」
とむしゃくしゃしながら一人宣言して、納得のいかない前髪のまま仕事鞄を抱えてパンプスをひっかける。
日中は日中で仕事に熱中している時はいいが、化粧室に行ったときにはやはり一人で落ち込む。「こんな変てこりんな前髪いやだ、もうお家に帰りたい」なんて愚痴りたくなるところを、きっと周りは何とも思っていないぞと励ます。
普段は女子高生が電車などで一生懸命前髪を整えている姿を見ては、もう十分整っているよと声を掛けてあげたくなる。が、実際にこういう状況になると自分の些細な前髪の変化に敏感になるのだから、人ってつくづく自分本位だ。
夜。こんなに前髪に振り回される一日を過ごしておきながら私はなんとびっくりしたことに前髪を切らない。帰宅後におでこ全開にすることにより、前髪が視界に入らず忘れてしまうことも理由の一つとしてある。だが一番の理由は「セルフカットして失敗したくない」という気持ちがあるからだ。
前髪のセルフカット歴はもう十年くらいになるのだが、一向に技術が向上しない。そんなわけだから、上手くセットすればもう少し切らないでいられるだろう、なんて思ってしまうのだ。でも結局、時間のない朝に上手くセットができるわけもなく、デジャブのようにまた叫ぶことになる。
「ああ、だめだ、だめだ、だめだ。全然だめだ。ああもう、絶対今日の夜に前髪切るんだから」
と。
美容院に行った後は心に平和が訪れて、人に会いたくなる
そんな乱れまくった私の心に平和が訪れるのは、やはり美容院に行った後だろう。
「ありがとうございます。またお待ちしてますね」
そう言って、見送ってくれる美容師さん。ポーカーフェイスができない私はにやにやしながらくるっと振り返って
「ありがとうございました」
と返す。するとタイミングを待っていたかのように、だんだんお辞儀をしてくれている美容師さんが見えなくなる。
ガタガタとエレベーターが動き出すと、ようやく一人の時間。セットしてもらった髪が崩れない程度に触って
「うわあああ」
とうっとりと歓声を小さく上げてしまう。視界良好。可愛い色。つやつや。さらさら。良い香り。
どんどんテンションが上がっていく私はいそいそとカバンからスマホを取り出し、今までの分を取り戻すようにお出掛けの予定を入れ始める。そう、髪が決まらない期間というのは誰にも会いたくないのだ。友達の中の私のスタンダードイメージは、少しでも可愛くあってほしい。
だが、美容院でセットしてもらったベストから形が崩れるにつれて自信がなくなっていく。「今じゃない」なんて理由をつけて、お出かけの予定を入れられなくなる。
ちっぽけな自尊心が行動を制限してしまう瞬間だ。
メンテナンスの間隔を狭めたい。だから、もっと頑張れる
だが、本当はどうしたらいいか分かっている。こんな負の連鎖にハマったり、美容院に行く時期でお出掛けの予定を調整したりせずにする方法があることを。もっと美容院にいくメンテナンスの間隔を狭くすればいいのだ。
ただ、髪以外にもなにかと女性はお金のかけどころがたくさんあるもの。私はなかなかメンテナンス間隔を狭めることができずにいる。だから、結局毎回思うのだ。「もっと稼ごう」と。
こう思うのは私だけではないと思っている。同志である世のすべての女性たちへ。頑張ろう、そして美しさと自信を手に入れよう。