二十歳を過ぎてこんなことを言うなんてアニメの見過ぎ、夢の見過ぎだなんて笑われてしまうだろうからここだけの内緒の話。
私のおばあちゃんは魔女なんだ。とっても素敵な魔法が使えるの。
嘘だと思う? でも、私は心からそう信じているわ。春が終わり、梅雨入り前に訪れる一瞬の季節。名前のないその季節に、魔女の家では世界でいちばん美しい花が咲く。
一年で一回だけ開かれる、薔薇で隠された秘密のお茶会
「綺麗に咲いたから見においで」この季節になると魔女から待ちに待った電話がかかってくる。私はお化粧をして、お気に入りの服に着替えたら車を走らせて魔女の家に。
車のドアを開けると五月の爽やかな風にのって運ばれてくるその花のかおりを胸いっぱいに吸いこんで蓋をする。急ぎ足で裏庭へ。
すると目に飛び込んでくるのは赤や白、ピンクやオレンジ、濃い色から薄い色まで太陽の光を浴びて輝く薔薇の花。庭一面に咲き誇る薔薇の花たちは風に揺られ、まるでおしゃべりをしているようだ。
そして、庭の奥には満面の笑みで魔女が立っていた。私は魔女の胸に飛び込んだ。「さぁ、お茶を入れましょう」そう言って魔女は私を薄桃の薔薇に取り囲まれたアーチの下へ案内した。
机の上には特別なお客様を迎えるかのようにティーセットが用意されている。一年で一回だけ開かれる魔女と私の、薔薇で隠された秘密のお茶会。
普段、素敵なものがあったらすぐ写真にとる癖がついている私でも、この時はスマホなんかそっちのけ。魔女と色とりどりの薔薇の花たちとのおしゃべりに夢中になってしまう。
このかおりも、花びらのつるつるとした手触りも、木漏れ日も、薔薇の美しさは写真なんかに留めておけないのだ。
「散るからこそ、咲いているこの瞬間を大切にできるんだよ」
おしゃべりがひと段落すると、魔女はいつもやっているパッチワークの続きをやり始めた。小さな布きれたちを針と糸で縫い合わせて壁掛けやベットカバーなど何でも作ってしまう。針と糸はすらすらとまるで一枚の絵を描いているように布と布を縫い合わせていく。
「それ、完成するのに何日くらいかかるの?」「まだまだ、あと一ヶ月はかかるわ」魔女は笑う。
パッチワークがひと段落したら今度は作業服に着替えて薔薇のお世話。魔女は忙しい。
薔薇の近くでしゃがんだ魔女の隣に私もしゃがむ。魔女はせっせと草を抜き、虫を取り除き、落ちでしまった花びらを集める。
「こんなに綺麗なのに散っちゃうのもったいないね」ぼそっと呟くと、「花も生きているからねぇ。しょうがないさ」魔女が話す。
「散るからこそ、咲いているこの瞬間を大切にできるんだよ」
魔女から教わることはまだまだ沢山ありそうだ
パッチワークをする掌、薔薇の世話をする掌、魔女の掌は皺だらけのボロボロだった。
詳しいことは知らないけれど、魔女は幼い頃に父親を亡くし、長女として働く母にかわり家事をこなし妹や弟の面倒をみていたそうだ。私が生まれる前に夫も亡くしている。沢山、沢山苦労したのだと懐かしむように笑っていたことを思い出した。
魔女の歩んできたその証が掌に刻まれている。出会いも別れも知っているからこそ、時間をかけて愛情を注ぐことの愛おしさを知っているからこそ魔女の咲かせる薔薇の花は世界でいちばん美しいのだ。
そして、その皺だらけの掌で注ぐ愛情こそがまぎれもない魔女の使う魔法なのだ。魔法の杖なんて必要ない、いつか私にもこの魔法が使えるようになるだろうか。
梅雨が明け、夏の日差しがうるさくなってきた頃、私は母からのお使いをしに魔女の家に行く。美しかった薔薇の花たちは消え、殺風景な庭が広がる。あの季節が訪れるまでこの庭はずっと色のないままだ。
それでも今日も魔女は庭で草むしりに精を出す。私を見つけるといつもの笑顔で迎え入れる。
「今日はジャムをつくろうと思っていたんだよ。手伝ってくれるかい?」魔女お手製のジャムはすごく美味しい。砂糖と果物それから魔法、コトコト、ゆっくり時間をかけてつくるから。
私は魔女の言葉に大きく頷く。あの魔法が使えるようになるために、魔女から教わることはまだまだ沢山ありそうだ。