私は幼稚園の頃から本を読むことと絵を描くことが好きだった。
そのうち自分で物語を作り、絵本の続編などを書くようになった。

小学生になると、友達と一緒に4コマ漫画を描き始めた。
物語を作ることと絵を描くこと、その掛け合わせが漫画であることに気づいてからは、私の創作の中心は漫画になった。

中学生で漫画家デビューすることが私の夢になった

4年生の時、少女漫画の世界にのめり込むことになった。
それまでは少女漫画は家に一冊もなく、触れる機会がなかった。贅沢がいえる家庭環境ではなかったし、勉強を妨げる禁断の果実となる気がして避けてもいた。
友達の家にはたくさん漫画があって、自分でも恋愛漫画を描いていた。私もおこづかいで毎月1冊だけ漫画雑誌を買い、一緒に少女漫画を描くようになった。漫画を買わなくても自分で好きに描いて楽しめるのも創作のメリットだった。

拙いながらも漫画を描くうちに、漫画雑誌の後ろの方の投稿コーナーに興味を持つようになった。
入賞作品には、5000円から50万円まで賞金が出ている。そして、高校生や、早い人だと中学生で漫画家デビューをする人がいることを知った。
自分の好きなことを仕事にすること、そして実力次第で年齢を問わず活躍できることに憧れ、いつしか中学生で漫画家デビューすることが私の夢になった。

稼げる仕事をして家族を支えなければならないのだと自分に言い聞かせた

5年生の時に原稿用紙やGペン、スクリーントーンなどを買い、初めて自由帳以外の作品を描き上げて雑誌に投稿した。
3回目の投稿で初めて数千円の賞金を手にした。初めて自分で稼いだ嬉しさはあったが、金額的にはそれまで購入した画材代が賄われる程度。漫画家への道のりの遠さを感じた。

中学生になると吹奏楽部の活動で忙しくなり、漫画を描くペースも落ちた。
自力でのデビューは難しいと悟り、3年生の夏、本格的に漫画スクールに通いたいと家族に話した。

父から飛んできたのは怒号だった。
「そんな金にならない職業なんかやめろ」と。

ショックだった。家族はいつでも私のことを応援してくれると思っていた。
その時は父の事業が傾いていて、余裕がなかったのだろう。しかし15歳にはそうした事情を慮ることはできず、心に傷を負った。私はやりたい仕事を選べる身分になく、稼げる仕事を選んで家族を支えなければならないのだと自分に言い聞かせた。

それからは漫画の道を諦め、将来いい職業に就いて稼げるようになるために、いい高校・大学に入ろうと勉強した。
気づけば大学を卒業し、会社員になっていた。就活ですら、借金に苦しむ親のために比較的高収入の業界を選んでいた。

父に反対されたことで、私は守られたのかもしれない

社会人1年目が終わる頃、ふと、自分はつまらない大人になってしまったなと思った。趣味はそれなりにあるが、やりたいことを仕事にするという発想が持てなくなっていた。
夢を諦めて、ただ生きるために稼ぐ、それが大人になるということなのかなと。

50代の上司と飲んだ時、父のひとことで夢を諦めた話をした。
友達が皆そう言うように、親に反対されるのは辛いねって言われるかと思ったら、違った。
「お父さん、優しいね。いい親だ」

私は意味がわからなくて、どこがですか?と聞き直した。
「だって、娘が苦労するだろうと思って、世の中の辛さを教えてくれたんでしょう。普通の親は、子どもがやりたいことを無条件に応援しちゃうから。優しさだよ、それは」

父の本心はどうだったかわからないが、あのひとことを少し今までと違った捉え方ができるようになった。
私は自分の実力や漫画家の現実を直視できていなかった。父に反対されたことで、私は守られたのかもしれない。

そして同時に、自分はまだ大人になっていなかったことに気づいた。
大人とは夢を諦めることではなくて、どのような困難にも立ち向かう覚悟を持って自分の決めた道を突き進むことなのではないか。

次の日、私は急に少女漫画を読みたくなって、初めて全巻大人買いした。