小学校低学年のとき、父の仕事の関係で私はアメリカへ行きました。父は日本にいたときよりも遅くまで仕事をしていましたが、夏休みやクリスマス休暇のときには家族旅行へよく行っていました。

私には妹と弟がいます。当時、私が低学年のとき、弟はまだ1歳か2歳でした。まだまだ母子分離ができているわけもなく、よく哺乳瓶を加えていたのを覚えています。アメリカにも慣れていない私たちでしたが、家族旅行でフロリダへ行きました。

妹と弟の面倒を頼まれた私。自信満々に引き受けたけれど……

大きな商業施設があり、お土産を買うことができるような場所がありました。時間帯としては夕方で、長いこと車で移動し、疲れていた私の弟と妹は眠ってしまっていました。弟は、泣き出すとなかなか泣き止まないため、父と母は、このまま寝かせておいたほうがいいと考えたのでしょう。そのため、買い物へ出ている間、妹と弟の面倒を見ておくようにと私に頼みました。

あまり覚えていませんが、おそらく出しゃばりでお節介好きの私は「できるよ!」とでも言ったのだと思います。弟が泣き出したときように、ミルクの入った哺乳瓶も託してくれました。日本ではあまり珍しい光景ではありませんが、アメリカでは車や家に子供だけを残しておくということはありえません。

両親が車を出て数分、弟が目を覚まし、泣き出してしまいました。私には哺乳瓶があったため焦ることなくミルクを与え、その場を過ごしました。余裕をかましていた私は、弟の飲んでいるミルクの残量が残りわずかになり、焦りました。そして、ついになくなってしまったのです。

泣き出す弟、パニックになる妹。無我夢中で車を飛び出した

案の定、弟は泣き出し、私と妹は大パニック。「とにかく両親を見つけなきゃ!」と思い、車のロックを解除した途端、車の防犯ブザーが鳴り響き始めました。その音に更にパニックになり、とりあえず妹と大号泣する弟を残し、車を出て、無我夢中で両親を探しにでました。

しかし、広大な商業施設で簡単に見つけられるはずもなく、とりあえず車に戻ることに……車に戻っていると数人の大人と共に歩いている妹と弟を発見しました。

「え!!!!???」と驚きましたが、なぜか英語も話せない私は自分の妹と弟ということを伝えました。私たちは迷子センターに連れていかれ、間もなく両親と再会しました。ずっと緊張状態だった私は、母の顔を見て大号泣していた記憶があります。

無事に両親との再会を果たした私は罪悪感を覚えていました。もとはといえば、私が妹と弟を車に放置したからこんなことになった、こんなことがバレたら怒られるのではないかと頭の中でいっぱいだったのです。そんな私は両親に「妹と弟が勝手に出て行ってしまって、二人を探しに行った」とウソをつきました。

パパ、ママ、20年間ウソをついていてごめんなさい

今でも、この話をされる度に私は冷や汗がでます(笑)。ただ、もしかしたら両親はこのことを気づいているのかもしれません。それは定かではありませんが、この場を借りて言わせてください。

パパ、ママ、ごめんなさい。

あの時、妹と弟が出ていったのではなく、私が先に出ていき、結果的に3人とも保護されました。約20年間ウソをついていてごめんなさい。こんな出来事があったけど、今ではとてもいい思い出でもあります。本当に私たちのかけがえのない時期にたくさんの経験をさせてくれてありがとう。

現在28歳、教員4年目、生徒にウソをつかずまっすぐ生きていきます。