「あなたを永遠に愛します」
純愛小説の中の言葉だと思うだろうか。
送ってくるのは私の父だ。
酒を飲んだ後なのだろう。夜中に届くこのメールを見ると、いつも胸が塞がった。
心の中で「ごめん」とつぶやく。

父は長いこと、母に暴力を振るっていた。酒を飲んでは顔をなぐり、首を絞めていた。
理由の一つは、母の数十年前の浮気だった。
一人暮らしをしていて知らなかった私は、ためらう母からそれを聞き出した時、目の前が真っ白になった。「私が悪いから」という母に、「浮気したからって殴って良いことにはならない」と伝え、必死に対応を考えた。
正月の三が日だった。DV相談に電話をかけたが誰も出なかった。
心を決め、外出先から帰ってきた父に、家で酒を飲まないと約束するか、今すぐ家を出ていくか、どちらかを選ぶように迫った。
事を荒立てないために、暴力のことは言わなかった。
予想通り、父は酒を選んだ。荷物をまとめ、父は出て行った。

どうしても一人になりたくて、母に頼んで数時間家を空けてもらった。
私の一番好きな場所は、リビングの机の下だ。幼い頃からよくそこに潜り込み、
机の裏側を見てぼーっと考え事をしていた。久しぶりに同じように寝転んだ。
横を見ると、部屋の隅っこに置いたピアノの上の、家族写真が目に入った。
きょとんとした顔で写る3歳ぐらいの私を挟んで、満面の笑みを浮かべる父と母。
昔から仲は悪く、いつ離婚するんだろう、と思っていた。
それでもあんな風に笑っていた時もあったのに。本当に終わってしまった。
両親はその後、正式に離婚した。

元気に暮らす母と、「さみしくてしょうがない」とメールを送ってくる父と

それから5年。
精神的にも肉体的にも安心を手に入れた母は、元気に暮らしている。
一方の父は、一人暮らしのさみしさに耐えられず、就職して離れて暮らす私の家に毎月来たがった。仕事が忙しくて少し構えないと拗ねた。「さみしくてしょうがない」というメールにうっかり返信し忘れると、「どうして返事をくれないの。もう、一人で生きていきます」とまたメールが来た。返事に困っているとまた届く。
「それでもあなたを一生愛し続けます」。
いらだちと、消せない愛情がいつも、胸の中を渦巻いていた。

夜、布団に入ると、幼い頃の父との思い出がよみがえる。
バドミントンに卓球、トランプにオセロ。家の中でも外でもよく遊んでくれた。
おふざけが好きで私をくすぐり、よく笑った。食卓で学校の話をする私を、いつもうれしそうに見ていた。進学した時、就職が決まった時、「誇りに思う」とまっすぐに褒めてくれた。
その後、決まって母の話が脳裏をよぎる。隣近所に響き渡るような声で「「お前が裏切った」と怒鳴り、馬乗りになって拳で母を殴っていた父。「殺される」という恐怖まで味あわせた父。
父はそれを一つも覚えていない。
思い切って父に手紙を書いて尋ねた。
「翌朝、拳は痛くなかったんですか。母の顔のあざは、誰がやったと思うんですか」。
父は、「本当に覚えていない」と返事をよこした。
「僕のことを許せないかもしれない。でもあなたをずっと愛し続けます」

父とどう向き合えばいいか分からなくなった私は、しばらく連絡を絶った。
去年、父が血を吐いて倒れたと知らせを受けた。
駆けつけた私に父は、「あんなにかわいがって育てたのに連絡もよこさないお前はもう娘じゃない」と本を投げつけた。

あれ以降、心臓に重い鉄のようなものが刺さったままだ。
父も同じ気持ちなのだろう。
全く覚えていない「暴力」を理由に、離れていったたった一人の娘。

ごめん、と思う。
でも、私は、どうしたらよかったかな。