数ヶ月前、私は買い物をしに近所のスーパーに行った。主婦である私は、平日の、夕方が始まる時間に一人で向かった。
家から歩いて数分ほどで着くそこは、中規模のスーパーだ。平日の昼から夕方にいる客は、お年寄りや、自分より年上の、主婦だと思われる女性が多かった。なおかつ、この時間帯に客は少なく、時には一人二人しかいない時もあった。
何も考えず、エコバッグと財布が入った小さなカバンを手で持ち、ぶらぶらと揺らしながら、私はスーパーに向かって歩いていた。じきにスーパーの建物が見え、数十秒後には、駐車場に足を踏み入れている。ここの駐車場は比較的広くて、車は30台は止められるだろうか。
駐車場から入口に向かって歩く。
入口近くに着いた時、私の前、つまりは自動ドアの前に、二人の若い女性がいた。
おそらく私と同年代だろう(24~26歳くらい)。一人がベビーカーを押し、もう一人のポシェットには、マタニティマークのストラップが付けられていて、妊婦さんだとわかった。
雑談ができる相手がいるっていいなあ、そう素直に思った
彼女達は横並びになって、自動ドアの前をほとんど占領していた。
先にも述べたように、このスーパーは、平日は客が少ないことが多く、後ろにいる私に気づいていなかったのだと思う。別に彼女達に文句を言いたいわけではない。
それよりも私は、耳に入ってきた彼女達の会話が気になった。
「エビフライとか揚げ物作るのほんと面倒くさい」
「わかる。もう〇〇スーパーで買ったほうがいいよねー」
そう言って、彼女達は自動ドアを潜り抜け、店内へと入っていった。
こんな些細な会話が、どうして気になるのかと思われる人もいるかもしれない。
端的に言うと、私は彼女達の友人関係を羨ましく思ったのだ。毎日の料理のことを話せる同年代の友人がいる、見知らぬ彼女達を、私は羨ましく思った。けれどそれは、嫉妬というようなドロドロとしたものではなく、ほんわかとした気持ちだった。純粋に、いいなあと思った。
学生時代でさえ「友人がほしい」と考えたことは一度もなかったのに
中学高校、大学と、友人関係を重視してこなかった私が、人の友人関係を羨んだことに、私自身が驚いた。
中学高校は、どこかの女子グループに入っていないとクラスから浮いたりして、学校生活を送っていくのが大変だと思うし、実際私の周りに、グループに入っていない女子は一人もいなかった。
私も、入らなくていいのなら入りたくなかったけれど、周囲の流れに抵抗するほどの強い気持ちはなく、仕方なく入っていた。
打って変わって大学では、私がいた学科にはクラスがなく、強いて言うならゼミがクラスの代わりだったが、それさえもクラスらしさはなかった。
そんな大学の環境を、私は自由で最高だと思い、大半の授業を一人で受けて卒業した。
ゼミだけは友人がいたけれど、それもはっきり言ってしまえば希薄な付き合いだった。
それだからこそ、私は自分自身に驚いたのだ。
「友人が欲しいのか、君は」と自分に問いかけたくなった。
そうして私は、その理由を探した。
主婦業がこんなに大変だなんて知らなくて、この不安を誰かと共有したいのだ
その結果、主婦業が、私にとって初めてのものだからではないかという理由に行き着いた。
大学時代に一人暮らしはしていて、自炊以外の家事はちゃんとやっていたけれど、自炊だけはほとんどしていなかった。一方、主婦業は料理を含む家事が、仕事である。それに一人暮らしのときとは違い、全てが二人分(もしくはそれ以上)になる。
洗濯物が、一人分から二人分に増えるだけで、あんなに量が増えるなんて、私は知らなかった。
暮らす人が二人になるだけで、床がこんなに早く汚れるなんて、私は知らなかった。
挙げたらきりがないほど、私は知らないことだらけだったし、今も知らないことがたくさんあると思う。それに、ネットで調べた家事のやり方が合っているかわからないし、それよりももっと効率のいいやり方があるのではないか、あるのならば知りたいと思っている。
つまりは、主婦業に不安があるのだ。
だって初めてなのだから。わからなくて当然だ。
けれど、その不安を同じ境遇の仲間と話し、有益な情報を交換し合いたいと、今の私ははっきりと思い、自覚している。
スーパーにいた彼女達を見て、私は心の奥底の声に、気づいたのかもしれない。