わたしは何でも白黒はっきりさせたいタイプ。優柔不断な友達からは羨ましいとよく言われる。「好きか嫌いか」「やるかやらないか」、常に選択肢は二択しか用意しない。
こうなったきっかけは父親からのひとこと。
「どっちか決めなあかん!」
今までは人任せだったことが全部自分の責任になっていった気がする
いつも優しかった父が初めてわたしを叱りつけた。近所を散歩していてどっちの道から帰るか、ただそれだけのことだった。「なんでもいい」「どっちでもいい」という曖昧さが許されなかったのだ。
それからというもの、迷うという行動をなくして即決・即答を意識するようになった。「なんでもいいや」と思うことでも、それを言葉には出さず必ず選ぶようにした。今までは人任せだったことが全部自分の責任になっていった気がする。父はよく「人のせいにするな」と言っていた。責任転嫁や言い訳は何の得にもならないという教えだ。自分で選択するから、責任を持つようになる…父はこのことを教えてくれたのだった。
白黒つけずあえてグレーで、やりがいのない仕事をやめないという選択肢
選ぶことは強くなること。
しかし、実際には小さいことから大きいことまで、生きていると迷うことが多い。世の中が豊かになって、選べるものが増えたり、価値観が多様化していることも関係していると思う。まわりに合わせた方がいいのか、自分の意見を押し通すべきか…大人になるにつれてその正解を見つけるのが難しくなった。
たとえば仕事。やりがいがないから辞めたいと思っていても、すぐに辞めるわけにはいかない。給与や待遇がいい、家族を養わないといけない、上司に言いにくい、次のやりたいことが見つからない…事情や理由は様々だがすべてを0か100かで決めるのはとても難しいのである。実際にわたしが会社を辞めるか迷っていたときに「仕事を続けるコツは、白黒つけずグレーでいること」と上司に言われたことがある。この言葉の通り、あえてグレーでいるという選択肢もわたしたちは持っている。
しかし、わたしはできるだけ、白黒つけて生きてきた。あのとき父に叱られていなかったら、わたしはまた違う人生を歩んでいたのかもしれない。グレーでいることを選び続けると、挑戦すること、変化することができないように思う。大きな選択をしなければいけない時ほど、父の言葉を思い出す。「どっちにするか」この言葉がわたしを強く、そして前に進めてくれた気がする。
自分に自信がない人は簡単なことから「選ぶ」ことから始めてほしい
選ぶことは自分と向き合い、責任を持つこと。
父に教わった「選ぶこと・責任を持つこと」は、自分の人生を生きるということにつながると思う。人目を気にしたり、多数派の意見に合わせることも必要だが、最終的に自分が大事にしたいと思っていることを選ぶ方がいい。自分としっかり向き合い、その答えに責任をもつことで自然と心も前向きになるからだ。自分に自信がない人や人に流されやすくて困っている人は、簡単なことから「選ぶ」ことをしてみてほしい。自分は何が好きなのか、なぜこれを選ぶのか、それを理解すること、そして自分の選択に責任を持つことで自信へとつながっていくから。