ごめんね、と。
13歳になったばかりの時、ある女の子にその一言が言えないまま、私は23歳になった。
その子は私のたった1人の友達だった。
そんな特別な女の子を、13歳の私はひどく傷つけたのだ。
その子を、ここではひとりちゃん、と呼ぶことにする。出会ったばかりの時、その子も私と同じで1人だったから。
ひとりちゃんとは小学校5年生の時、転校先の学校で出会った。
人見知りだった私は新しい地域にも新しいクラスに馴染めず、気付くと孤立していた。
同じクラスのひとりちゃんはひかえめな子で、たまにみんなの輪に入っても、何も言わず曖昧に笑ったり、黙々と絵を描いている様な女の子だった。
みんなが楽しそうにしている中、どこか居心地の悪そうなひとりちゃんが、私はなんとなく気になっていた。
ある日私が遠目にひとりちゃんを見つめていると、ふとお互いの目があった。その瞬間、私は直感的に感じた。
この子は私と同じだ。
私は勇気を出してひとりちゃんに話しかけてみた。ひとりちゃんは少し驚いた顔をして、それから
「わたしも話したいと思ってた。」
と笑った。ひとりちゃんの自然に笑った顔を見たのはそれが初めてのことだった。
1人だった私とひとりちゃん。それからはいつも一緒にいたのに
気づけば私達はいつも一緒に居た。休み時間も放課後も、学校の無い日も。
毎日2人で帰って、日が暮れるまで遊んでは2人とも怒られていた。いくら話しても話し足りなかった。
同じ中学校へ進学したばかりの時も、私達の関係に特別な変化は何もなかった。
私は相変わらずクラスでは一人ぼっちで、ひとりちゃんもきっとそうで。
と、私は思い込んでいたのだ。
ある日の放課後、ひとりちゃんは私の前に女の子を連れてきた。そんなことはそれまで一度も無かったことだった。
「だれ」と聞くと、
「同じクラスの子」とひとりちゃんは答えた。
何も言えない私に、ひとりちゃんは遠慮がちに言う。
「今度から、3人で帰ろうよ」
いい。ときつく言い放って、私は立ち尽くす2人に背中を向けて歩き出した。
その日から私はひとりちゃんに冷たく当たるようになった。私の明らかな態度の変化に、当然ひとりちゃんは戸惑った。
変わろうとしていたひとりちゃんと、それを許せなかった幼稚な私
ある日1人で帰っていると、後ろからひとりちゃんが追いついてきて「どうして最近冷たいの」と泣きそうな声で私に問いかけた。
「クラスの子を連れてきたから?」と続けるひとりちゃんに、私の中の意地悪な気持ちが弾けた。
「私じゃなくてあの子と帰りたいんなら、帰ればいいよ。」と私は冷たく言った。
「私も最近、あなたといるのに飽きてたから。」
ひとりちゃんがどんなに傷つくかわかっていながら、私はさよなら。と言って歩き出した。ひとりちゃんはもう追いついてこなかった。
13歳の私は本当は全部わかっていた。出会った時からひとりちゃんは人と接することが苦手だったけれど、そんな自分を誰より嫌っていた。
私と同じだ。
だけど中学に上がっても何もしなかった私と違って、ひとりちゃんは変わろうとしていた。なのに幼稚な私は、ひとりちゃんが私を置いて1人で変わろうとしていることが許せなかった。
最初で最後の「ごめんね」を言うチャンス。もしまた会えたら
その後一度だけ、学校で顔を合わせることがあった。今思えば謝るにはそれが最初で最後のタイミングだった。
だけど何も言えなかった。あれだけのことをしたくせに、自分がひとりちゃんに拒絶されることが怖くて堪らなかったのだ。
それからは高校も別になり、ひとりちゃんとは一度も会うことはなかった。
10年経った今、一番辛いのは、ひとりちゃんに許されないことではないと私は気がついた。あの時勇気を振り絞ってひとりちゃんに謝ることすらできなかった、他でもない私自身を私は許すことかできない。私があの時「ごめんね」が言えなかったことは、もう変えようがないことだから。
いつかどこかで、もしもまたひとりちゃんに会えたら、私は謝ることができるだろうか。
私は、13歳の時から少しは変われたのだろうか。
ひとりちゃんを思い出すたび、そして何かに立ち向かわなければならない時、私は自分自身にそう問いかけている。