私は時々、ある悪夢を見る。
それは夢だが、フィクションではなくほぼノンフィクション。
過去の記憶の再生だ。
どんな記憶かというと、以前の職場で自分が懸命に働いているのに上手くいかなくて追いつめられるという記憶。
「どうしよう」「嫌だ」「困った」「苦しい」
負の感情に押しつぶされそうになって、その苦しさで目覚める。
二度と戻りたくない職場の記憶。
その職場で、様々な事が重なり精神的に辛かったピークのとき、「この苦しさがもう変わることはないだろう、死んでしまいたい…」と考えた。
しかし私は考えを変え、その職場を退職し、別の仕事に就いた。
私はなぜ考えを変えることができたのか。
それはある言葉に出会ったからだ。
「死んでしまいたい、という気持ちには、本当は別の願望が隠されている」
という言葉。
これは、誰かに言われたのではなく、死んでしまいたいくらい辛いことを誰にも言えずに、ネットでカウンセリングのようなサイトを見漁っていたときにふと目にした言葉だった。
「死んでしまいたい」の裏に見つけた、本当の望み
私は考えてみた。私の「死んでしまいたい」の気持ちの裏にはどんな願望が本当はあるんだろう?と。
そこで気付いた。私は「死にたいんじゃない、この職場からただ逃げたいんだ。」と。
はたから見ると、そんな簡単なことどうして気付かなかったの?と思うようなことだろう。
その職場は私にとっては精神的に辛かったけれど、実は少し専門的な職種で、給料は悪くなく、そこに就職したことを親には喜ばれていた。
だから、自分の仕事のスキルは他の仕事では通用しないんじゃないか?とか、親の失望する顔を見たくないとか、そんな想像にがんじからめになって、私は辞めるに辞められず、死んでしまいたいと感じるようになっていたのだ。
だけど、私は本当は死にたいんじゃないんだと気づいて、
「死のうとするより、全力で逃げよう。」そう決意した。
決意してからは、表面上は仕事を変わらず続けながら、転職サイトで仕事を探し、また、別の職種のスキルを身に付けるために、休みの日は専門学校に通った。なかなか忙しくて、ゆっくり眠る時間もあまりとれないくらいだったが、死にたいと考えるよりも、ずっと前向きに過ごすことができた。
私を苦しめたあの職場は、自分の中に眠る過去の記憶になった
結局辞めるまで、決意してから2年かかったが、私は今、新しく身に付けたスキルで別の職場で働くことができている。給料は下がったが、自分の気持ちは穏やかで、親も納得させることができた。だから、現状には一応満足している。
そして、以前の職場は自分の中に眠る過去の記憶となった。
時々悪夢として出てくるけれど。
その度に、ああ今はもうあの職場じゃないんだとほっと安心する。
誰しも、辛い状況におちいってしまって、以前の私のように、死んでしまいたいという気持ちがよぎることはあり得ることだろう。
だけど、その「死んでしまいたい」という気持ちの裏には、本当はどんな願望が隠されているのか考えて、その願望に少し正直になって動いてみても良いんじゃないかなって、追いつめられている人がいたら、私もそう言いたいと思う。