心の奥にしまった引き出しは、どんな頑丈なカギをかけても、ふとしたことがきっかけで、かんたんに開いてしまう。
朝のバス通勤中、食器洗い中、それは突然、何の前触れもなく。
でも、この記憶は、思い出す度にくすっと笑ってしまうと同時に、「ごめんね」とつぶやいてしまうのだ。

いたずら少女の私が、おじいちゃんの家で見つけたのは

子どものころはいたずら好きな女の子だった。おてんばで、外で動き回ることが、何より楽しかったけれど、その日はお家の中で遊んでいた。
おじいちゃんのお家へ行っていたのだ。

孫のわたしは、ひとり遊びをしばらくしていたが、飽きてしまった。
そんな時、とても魅力的なモノを見つけたのだ。
それは、七五三や、お着物を着たときにつけるような、髪飾り。華やかで、彩り鮮やかなつまみ細工のそれらに、わたしは一気にトリコになった。なんてかわいいのだろう。

つけてみたいけれど、おてんばなわたしには、うまくできない。
キョロキョロ辺りを見渡し、見つけたのは、おじいちゃんだ。

真っ赤なリボンは、頭のてっぺんに。はーい、素敵な飾りつけのできあがり!

ちょうど、どこからか電話がかかってきて、昔の電話機の前に座って誰かと話していた。その座高が、幼いわたしにはぴったりの高さだったのだ。

箱の中には、たくさんの髪飾りが入っている。
おばあちゃんは和装が好きだったから、それぞれのお着物に似合うものを集めていたのだろう。
ひとつひとつ、じっくりと眺めながら、おじいちゃんの髪に挿していく。
地味なグレイヘアが、どんどん、色とりどりになった。
まるで、これからお祭りにでも行くかのようなヘアスタイルに、わたしは楽しくって仕方がなかった。
一番大きくて真っ赤なリボンは、頭のてっぺんに。
はーい、素敵な飾りつけのできあがり!

今から思えば、ごちゃごちゃでまとまりのない頭だっただろう。
あれだけ興奮しながら飾りつけていたのに、挿し終えると、その気持ちはどこへやら。
おてんば娘の興味は、途端に違うものに向けられていった。

リボンをなびかせて自転車をこいだおじいちゃん。笑ってくれたけれどきっと

「おーい、なんやこれは!」
玄関で声がした。
名前を呼ばれて大急ぎで向かうと、おじいちゃんが大きな赤いリボンを手に立っている。きょとんとするわたしに、おじいちゃんは苦笑いをしながら続けた。
「赤いリボン、つけたままやった…」
ボソっと言った一言に、背筋が凍る思いがした。

聞くと、電話を切り、出かける用事ができたおじいちゃんは、わたしがつけた髪飾りを外し、自転車で走っていた。
踏切が開くのを待っていると、知り合いの人に声をかけられたという。
「これ、なんですのん?」
大恥かいたわ!と笑いながら怒られたけれど、本当は、孫のいたずらのせいで、顔から火が出るほどだったんだろうなあ。
あとから、お母さんにもチクリと言われた。
遊ぶだけ遊んで、外してあげなかったわたしが悪かった。
でも、当時は、自分のやってしまったことが衝撃的すぎて、ちゃんと謝れなかったのだ。
人は、自分が悪いと頭ではわかっていても、驚きすぎてしまうと、「ごめんなさい」の言葉がうまく出せないみたいだ。
幼いわたしには、なおさらだった。

あれから時は流れ、わたしも大人になり、おじいちゃんは十数年前に亡くなってしまった。
でも、今でもふと、当時の記憶がよみがえる。
ごめんね、おじいちゃん。
心の中で、後悔の念がリボンのように揺れている。