許せない人間の一人や二人、誰にだっていると思う。いくら謝られたって許さない、許せない。許した方が楽になるだろうとはうすうす感づきながらも、許すことは自分の根幹を揺るがすことになる。そんな相手がわたしにとっては親だった。
 親を許すことは、親に傷つけられ虐げられてもなんとか耐え抜いてきた昔のわたし自身への裏切りでしかない。だけれど、わたしは今回、昔のわたし自身に謝る。
「わたしは結婚しました。今は幸せです。だから、わたしはあなたと別れます。ごめんなさい」

そんなことは気にしなくていいから、うちの子になりなさい

 わたしの父親は酒乱で双極性障害のどうしようもない人だった。わたしの実家は平たく言えば機能不全家族。主観で言えば地獄。その中で育った。高校に通う頃にはわたしも病んでしまい、精神科に通うようになっていたが、それでも父親は飲酒を辞めず、両親の夫婦喧嘩はこれ以上ないだろうというひどさで毎日続いていた。毎日、早く家を出たい。そればかり考えていた。
 大学を卒業する頃、病気で留年などしていた私と違って当時すでに社会人だった彼氏が地方に転勤することになった。卒業したら転勤するタイミングで一緒に暮らそう、そう言われた。最初はようやく実家から抜け出せる。そう思って飛びついた。
 しかし、もしそのまま結婚になったらあの両親と彼氏が家族になってしまう。それはとても申し訳ない。迷惑をかけることは目に見えている。それを素直に彼氏に伝えたところ、こう言われた。
「そんなことは気にしなくていいから、うちの子になりなさい」
 そう言われて少し考えた。わたしと彼氏はわたしの両親のように喧嘩するだろうかと。――そんなシーンは欠片も想像できなかった。わたしは家を出て、同棲し、結婚した。

突然の訃報、そして挙式。その後私はあの日の私に謝りたい

 結婚した後も親との関係はぎこちなかった。物理的距離ができたことから、多少はまともに付き合えるようになったものの、実家には二日以上続けてはいられなかった。結婚式も親を呼びたくないのでやらない、と一時はごねたくらいだった。しかし説得されてしぶしぶ結婚式に親も呼ぶことにして準備をしていた。
「親父が事故にあった。警察署に行ってくる」
 弟からそう連絡があったのは結婚式の一か月前だった。ここに来てまたわたしの人生をぶち壊すのか、そう思った。
 父は交通事故で死んだ。車に轢かれて、ほぼ即死だった。
 結婚式は、周囲の支えもあり、なんとか予定通りに挙げることができた。式場からの厚意で、父の着る予定だったモーニングを着たトルソーが親族席に置かれていた。わたしはそれを見て、父親がここにいないことに安堵してしまった。
 父が死んでから、父に対して思っていることをまとめようと何度か筆をとった。その度に、わたしは父がまともで、なおかつわたしを愛してくれていたら、と思った。しかし、そう考えると、心の中で幼かった頃の虐げられていたわたしが目を覚まし、そしてわたしに言うのだ。
「なんであんな人を許そうと思えるの?」
 そんな小さなわたしに、今になってようやくわたしは返事を返そうと思う。
「ごめんね、わたしは結婚なんかしないと思っていたあなたを裏切って結婚しました。だけどそれはあの人たちの結婚とは違うとても穏やかなものだから、安心してほしい。わたしはあなたと別れて幸せに暮らします。あなたはわたしだから、あなたがどれだけつらかったかは分かる。でも、もうわざわざつらい思いを繰り返さなくても、わたしは生きていけるから。だから、さようなら。ゆっくりおやすみ」