“あの人”。
その言葉を聞くと必ず思い出す人がいる。
始まりは中学1年生の時、はじめての席替えで隣の席になったことが始まりだった。
ちょっと背伸びした二人きりでの映画館、電車に乗って遠出した海、二人で浴衣を着て綿菓子を分け合った夏祭り。
中学生の頃なんて、男女が2人でいるだけで冷やかされるのに、それを全て無視してずっといっしょにいた。
沢山の思い出を作って、たくさん2人で時間を過ごして、2人だけの秘密はたくさんあったけれど、2人の間には秘密はひとつもなかった。
ただ、ひとつだけ、私たちの間にあった、すれ違い。
あなたからの「好き」という言葉を、私は受け入れられなかった。
誰よりもいっしょにいて楽しいから、変な肩書きがつくのがちょっと恥ずかしかったのかもしれない。彼氏、彼女という名称がつくことによって、今までの立ち位置が変わってしまう可能性に怖気付いたのかもしれない。
その時に何を考えていたのかは、もう、思い出せないけれど。とにかく、一歩踏み出すことだけは断り続けていた。
彼女が出来たと聞いて、結婚すると聞いて、おめでとうを贈った
それでも、高校生になっても、私たちの仲は変わらなかった。
たまに「好き」という言葉をもらって、お断りをして。違う高校に通っていたのにも関わらず同じ電車にのって、私が途中で降りるまでたわいもない話をして、帰りも同じ電車に乗って帰った。
だから、社会人になって、あなたに彼女が出来たと聞いた時、数年たって結婚すると聞いた時、本当に心からおめでとうを送った。
甘えてしまったところも沢山あったけれど、誰よりも近くにいてくれて、誰よりも味方になってくれたから。たくさん幸せになって欲しかった。
初めての大げんかであなただけが言ってくれた「ごめんね」
親しき中にも礼儀あり。
そんな言葉がある。たしかに、おざなりになった「ごめんね」「ありがとう」が沢山あった気もする。ほんのひとこと「ごめんね」があるだけで、今も続いていた縁があるかもしれないし、ほんのひとこと「ありがとう」があるだけで、新たな縁が生まれていたかもしれない。
大学生のとき、理由は思い出せないけれど、初めて大げんかをした。
あんなにいっしょにいたのに、一週間も連絡を取らなくなってしまった。寂しさもあったけれど、それよりも頑固さが勝ってしまって、できる限り会わない努力をした。
だから、同じくらい頑固なあなたから「ごめんね」と言ってくれた時、本当にびっくりしたんだからね。
最近になって、あの時、結局私は一度も「ごめんね」と言っていないことを思い出した。優しくて人には甘いあなたは、それを咎めることはなかったけれど、ひとことだけ伝えていたら。たまに思い出しては、なんだか悔しくもなる。
でも、あの喧嘩があったから、東京の大学に進学したあなたと田舎に残った私の間に、心の距離ができることなく過ごせたのかもね。
あの人。
その単語を聞いて思い出すのは、私の人生の殆どの時間をいっしょにすごしたあなたです。
そういえば、あの頃は秘密なんて何もなかったのに、今ではひとつ、大きな秘密を抱えています。
ごめんね、今、私はあなたのことが大好きです。直接は、言えないけれど。