私は自分が嫌いだった。
ただ、それは自分自身が嫌いというよりは、誰かと比べてしまう自分が嫌だった。
誰かと比べて自分が劣ると惨めな気持ちになり、自分が優れている点を躍起になって探そうとする。どうして、誰かと比べてしまうのか。誰かの上に立つことに躍起になってしまうのか。
理由は簡単だ。私の存在意義を揺るがす存在、母がいたからだ。

優れている母、比べてしまう私「どうせ私なんか」

名誉のために言うと母は、私を蔑ろにしたことはない。むしろ周囲からは娘想いの良き母と言われることもある。
家庭人として、料理、裁縫が得意である。そして、手にした資格を武器に仕事もこなしている。尊敬できる母である。だが、そこが私にとって重荷でもあった。
母ができることが、私にはできない。当然母ができないことは、私にできるはずがない。母から産み落とされたはずなのに、母の付属品としての価値すらない、そんな気がしてならなかった。小さな頃の口癖は「どうせ私なんか」だったという。その後に続く言葉は、声に出さずともわかる。
母は、そんな私の考えがお見通しだったのだろう。ことあるごとに「勉強はあんたの方ができる」だとか「私はカナヅチだよ」と言って、私を褒めた。嬉しかった。ただ、母に褒められたところで、いまいち信ぴょう性が持てない自分が常にいた。それは、ごく一部での話であって、個体として見たときに、どう考えても優れているのは母であることは間違いないと思っていたからだ。

この考えは年齢を重ねた今では弱まったが、基本的な部分では変わらない。それでも、私が卑下することが少なくなったのは、幼い私に母方の祖母が贈ってくれた言葉を知ったからだ。

パワーを貰えるあの言葉。たとえ直接言われていなくとも

「比較対象が悪過ぎる。お母さんと比べる必要なんかない」

この言葉は直接祖母から聞いた記憶がない。私がかなり小さい頃に言っていたと母から聞かされた。
祖母から見ても母は変わった子供だったようで、こんなことを言ったのだと思う。祖母は既に亡くなっており、その真意を確かめることはできないが、母から聞かされた祖母の話を照らし合わせると、そんな風に言ったとしてもおかしくないと判断できる。
祖母は、手先がそこまで器用ではなく、料理も人並みだったと聞いている。そして、容量が良く手先が器用な妹がいたという話を知っている。

一見すると、身も蓋もない言葉だ。私は一生涯をかけても母に勝ることはないと身内から言われたようなものだ。ただ、そこはあまり気にならなかった。それは、言われるまでもない事実だからだ。
私が着目したのは、「比べる必要はない」という点だ。言われてみればそうである。どうして、誰かと比べて暗くなっていたのだろうか。比べる必要なんかなかったのだ。
たとえば、私とその誰かが同じ競技種目で代表枠か何かを争うのであれば、どうしても比較しなければならない場面が出てくるのかもしれない。しかし、そうでないのなら、比べるという行為には何の意味もない。ただ、自分の気が滅入るだけだ。
それに気づかせてくれた祖母に感謝しているが、前述のとおり既に亡くなってしまっていて言葉を交わすことができない。その一点が惜しまれる。

ただ、比較することで見えてくる事実も確かにあるため、気持ちが沈まない程度に自分を見つめることはしていきたいと思っている。
きっと祖母も笑ってくれているだろう。