私の恋愛経験はろくなものではない。
恋の記憶を思い起こそうとすれば、過去好きだった男が妙に生々しく、意地汚く欲にまみれていたかのように思い、気持ち悪さを覚える。そんな男を好きだった私も、確かに意地汚く欲にまみれていたのだと思う。
そんな中で唯一美しい記憶のまま残っている男が一人いる。だからといって別に今も好きという訳ではないし、会いたいとも思わない。
私の中で私が大切に美化し、磨き上げた記憶がある。それはもはや彼とはいえないかもしれないけど、ただ彼のことが本当に好きだったことは変わらない。
そんな夢見心地にさせてくれた彼には感謝しかない。ただ、彼は私を振った。

彼は顔も体格も性格も私の好みだった。むしろ彼と出会って私の好みが形成されたのかもしれない。彼に似ている顔の男に今でも惹かれるときがある。
どんなことも肯定的に捉えて、誰とでも仲良くなれる彼は、頑固にこり固まっている私の懐にもするするといとも簡単に潜り込んできた。

好きな人と共通点を見つけたかった私と、違いを楽しめる彼

物腰の柔らかい口調や、ユーモアに富んだ話ぶりの彼といるのは、とても居心地が良かった。彼の家庭環境は複雑だったらしく、そんなバックグラウンドから滲み出る達観した視線やたまに感じる憂いも、私をどんどん惹きつけた。
私は惹かれたままに彼に言葉で伝え、行動で伝えた。彼は満更でもない素振りだった。彼とのドライブはただ走ってるだけで最高だったし、彼の薦める映画も音楽も全てお気に入りだった。ただ、付き合うこともセックスもしなかった。

なんの帰り道かも覚えていない、2人で電車に乗っているときだった。
比較的混んでいる車内で、彼と2人揺られている喜びを噛み締めながら、私はなんの気無しに広告を眺めた。そこには2つの広告が並んでいて、それぞれ同じ世代の女優さんが起用されていた。
「この2人の女優さん似てるよね」と私が言うと、彼は「俺は全然似てないなと思って見てた」と笑った。私はその時、浮かれた心にヒヤリと水を差された気がした。
「同じもの見ても全然違うこと思ってるの面白いよね」と、彼が続けた。全然面白くないな、と私は思った。
私は好きな人との共通点を見つけたかった。同じものを見て、言葉にしなくても同じことを思っていたと、笑い合うのが最高のパートナーだと信じて疑わなかった。心にもやもやが募るのを感じた。

同じ価値観でいたかった幼稚な私は、真夏の夜、彼にふられた

それからも彼はよく私達の相違を面白がり、私はその度にモヤモヤを増やした。
同じ価値観でいたかった私の幼稚さが、私の言動の節々に出ていたのだろうか。真夏の夜、私の家の近くの公園で、彼にふられた。
正直、そのときどのようにふられたか覚えていない。その後に音楽や幼少期の話など2人で朝が明けるギリギリまで話して、もうふったとかふられたとか解散するころにはどうでも良くなっていた。
心が満たされた感覚で家に帰って、そのテンションのままこれから頑張るよ、みたいなLINEを送ってその日は寝た。起きたら返信が来ていて、それっきり会うこともやり取りすることもなかった。

今思えば実ることなくふられたのに、辛い思い出として残らなかったのは、彼が私に気を配り、違う価値観でも尊重していてくれたからだと思う。
当時はその姿勢が美しく真っ当なことに気付いていなかった。そんな私がふられたのは当然だと思う。
幼稚な私に彼は真っ当な向き合い方を教えてくれた。それは今でも私の日常に生きている。だからいつまでも私は彼との思い出を美化し、磨き続けるのだ。