「好きって言われたから試しに3ヶ月付き合ってみたけど、君の事全然好きになれなかったよ」
そう言って私は振られた。
22時の江ノ島で私の心と同じくらい真っ黒な海を眺めながら世界で一番好きだった人に別れを告げられた。
鼻を通り過ぎる潮の匂いも海からなのか、泣きじゃくった私の涙からきているのかまったくわからなかった。
付き合って1ヵ月後、ほとんど音信不通に
私と彼は違う大学だった。
私と同じ軽音部の先輩が彼を紹介してくれて、先輩がギターボーカル、私はベース、彼はドラムでバンドを組んだ。
彼のドラムは粒立っていてとても小君良い音がした。一緒にリズム隊を組むと私のベースはとても上手に聴こえた。また、音楽、本、美術など知見がとても広く、私が知らない事を沢山教えてくれた。
ドラムが上手で、趣味が合い、容姿も自分好み。大学生の私が恋に落ちるまでにはそうかからなかった。
何回かデートに誘い、距離を詰め、4月上旬桜の木の下で告白をして付き合った。
付き合って1ヶ月くらいはそこそこの頻度で連絡をとっていたが、そのあと殆ど音信不通になった。メッセージを送っても3日後に「うん」「そうだね」「へー」などの乾いた返事が来るばかり。誰がどう考えても私は好かれていなかった。烏滸がましい話だが私の顔は目鼻立ちがはっきりし、愛嬌がある顔だと自負していた。故に悔しかった。私がこんなに好いている人に興味すら持たれていない事実を認めたくなかった。
「3ヶ月で好きにならなかったら別れようと最初から決めていた」
そんな中、江ノ島に行こうと誘われた。そのメッセージの一文を見た瞬間に心の中で最後のデートだと直感した。念入りにデートプランを考え、水族館に行き、しらす丼を食べ、島を散策した。久しぶりに会えた彼との時間はとても楽しく、ずっとこのまま続けばいいと強く思った。
しかし、そんな願いも虚しく冒頭のセリフを言われ、私の心は木っ端微塵になった。泣きじゃくりながら"なんで"と"どうして"を繰り返した。好きな人がいないなら別に誰でもいいじゃない。都合よく使っていい私でいいじゃない。でもきっぱり言われた。
「3ヶ月で君のことを好きにならなかったら別れようと最初から決めていた。好きではない人とは付き合わないよ」
あの時私にはこの言葉を受け止められなかったが、今でこそ、この時に突き放してくれて良かったと思う。
もし彼が私との関係を続けていたら盲目になっていた私は彼しか見えなかっただろう。そして私に興味がない彼は私に特に構うことなく、たまに気が向いた時、釣った私に餌をやるのだろう。交際期間が延びた所で当時の状況が変わることはないのだ。
人と付き合う事ははこんなにも幸福で溢れているなんて
彼に振られてからもっと可愛くなれるように努力した。メイクを勉強し、体重も減らした。無頓着だった服もお洒落な物を購入した。ただただ見返したかった。お前はこんなにいい魚を逃したのだと。
自分磨きに打ち込み時が経ち、彼への想いがさっぱり無くなった頃、素敵な男性と出会った。それが今の夫だ。
夫はとても優しく、私を大事にしてくれている事がひしひしと伝わる。どこかの誰かさんとは大違いだ。
付き合っていても想いが一方通行と両方向の場合は雲泥の差があった。
人と付き合う事ははこんなにも幸福で溢れているなんて知らなかった。
私の事を常に最優先で考え気遣ってくれることの有り難さに気づき、夫と結婚した。
あの時振ってくれてありがとう。
そのおかげで今、幸せな私がいるよ。