20年弱前、よさこいが開催されている時期に祖父母が遊びに来た。祖父母と母と私ら三人姉弟の結構な大所帯でよさこいが行われている通りに行ったが、私はすぐに駄々をこねた。足が痛い、というのは嘘だった気がする。その通りのファミレスのパフェが食べたかったので、足が痛いのを口実にそこで休憩したかったのだ。
レアな機会を潰し、母の言葉の渋い味が脳の奥にこびりついた
企みが成功し、一行はファミレスに入った。幼い私はパフェにありつき、よさこいは終わった。母は娘の思惑を悟ったのか、ご機嫌な私に苦言を呈した。
「あなたは退屈だったかもしれないけど、お祖母ちゃんはよさこい見るのを楽しみにしてたのよ」
その時は何も思わなかった。他人の気持ちを慮るという能力がまだ芽を出しておらず、ただ母の言葉の渋い味が脳みその奥の方にこびりついた。
時がたち、成長するにつれ日々の生活と生業の中で心浮き立つ「機会」というものは限られているのだと学んだ。
現在、祖母は要介護の祖父と詳細は省くが作業所に通う伯父の面倒を見ている。片道3時間弱かかるよさこいの開催地に来ることはおろか、地元のダンスサークルに行くことすら難しいようだ。
祖父の足腰がまだしっかりしており、祖母が自身の仕事を休んで遊びに来れたあの時は、かなりレアな機会だったのだ。
彼女らが譲歩せねば事態が改善しない。そんな孤独に追い込まれた世代
母や祖母の世代の女性は、自分にとって大切な機会を諦めることに慣れていた。それはおそらく子供や夫の小さな機会を優先せねばならなかった結果で、他人が美徳として囲い込んでいいものではなかった。彼女らの美徳ではなく、彼女らが譲歩しないと何も事態が改善しないという孤独に周囲が追い込んでいたのだ。
同居している母に対しては、我慢させた分のささやかな埋め合わせができる。(あつ森の攻略本や高橋留美子の漫画を代わりに買いに行くなど。げにささやか。)
祖母に対してはそれがなかなか難しい。よさこいを我慢させた件を謝ろうにも、はるか昔のことすぎて彼女が覚えているかもわからぬし、埋め合わせしようにも片道3時間の距離が私を阻む。お金で埋め合わせればええやんと思うなかれ。ペーペーの経理事務員たる私の手取より、祖母と祖父が受け取っている年金の方がおそらく高額だ。
和装小物を受け継ぎかわいく着れたら祖母孝行になるのではと思わないでもない
私は着物に手を染めている。先日は信販を組んでしまった。まだ帯と着物の仕立てのみで、帯締めやら半襟やらの和装小物まで手が回っていない。母曰く「着物屋で買わなくてもお祖母ちゃんに言えば2、3枚くれるわよ」とのことである。(母には着物購入に伴う信販のことは喋っていない。)本体の方はともかく小物類を分けてもらえたらいいな、それをかわいく着れたら祖母孝行になるんじゃないかなと思わないでもない。
これはしかし、孫はいるだけで可愛いものという価値観に沿った考えである。孫より犬の方が可愛いという人もいるのだ。犬はともかく片道3時間の距離に加え、コロナ禍で会う機会がより減った遠くの孫より、祖父が通うデイサービスの職員さんの方が祖母に身近であろう。大事なものは孫よりそういう人にあげたいよ~とか言われたらどうしよう。まあ別にどうしようもない。
このエッセイを書いていて気づいたが、私が犬より可愛くなくても謝れなくても、それは祖母には関係ないのだと思う。私が私なりに祖母を愛して大事に思えばそれでいいのだ。