高校で女子バスケットボール部に所属していた私は、それまでダイエットをしたことがなかったし興味も全くなかった。もともと痩せ型で、どちらかというと筋肉も付きにくい体形だったけれど、部活で激しい無酸素・有酸素運動を繰り返すことで以前より肉付きが良くなった気はしていた。それと同時に身長も3年間で10㎝も伸びたし、体重の増加もあまり気にしていなかった。
 けれど引退の時期が近づくにつれて、周囲の人たちに「引退しても今と同じ量食べてたら一気に太るよ」と言われるようになり、自分の体形を気にするようになった。

完璧に身体を管理しようとした。痩せるほどに、食への執着心が増した

 卒業して大学に入学するまでに8㎏程痩せた。凝り性の私は書店でダイエットに関する本を読み漁り、SNSで痩せている著名人をフォローしたりして減量に没頭していた。体重は面白いほどみるみる落ち、周りの人たちからも綺麗になったと褒められて嬉しかった。

 社会に出てからも、ダイエットという概念は私の生活に定着し、口に入れるものの指標はカロリーだけだった。社会の中で生きていれば理不尽なことで怒られたり、悔しい思いをすることもある。頑張っても報われないことの方がもしかすると多いのかも知れない。そんな中で摂取カロリーと消費カロリーを計算し、完璧に自分の身体をコントロールすることで私は承認欲求を満たそうとしていた。
 一方で自分の健康が損なわれていることにも気づいていた。いっきに体重が減ったことで疲れやすくなり、糖分不足で集中力がなくなる。生理も2年来なくなって、夏場でも寒く感じることもあった。痩せれば痩せるほど皮肉なことに、食への執着心が増す。頭の中は常に食べ物のことでいっぱいで、脳が食べ物に支配されていた。過食をして一気にリバウンドしたかと思うと、また一気に痩せる。といった生活が続いた。

もう私の『美の基準』は、私以外の誰かが決めたものだった

 仕事を辞め、夢だった女優を目指し東京に出ていた私は、毎日のようにオーディションを受けていた。審査員のなかにもいろんな人がいて、優しい人もいたけれど、大抵はそうではなかった。「痩せないとスタート地点にも立てないよ」なんて言われることもあった。
 彼らにとっては、将来稼げるポテンシャルを持った人材を探している訳だし、人に見られるという立場上ビジュアルに気を付けなければいけないのは当然のこと。全身を下から上まで舐めるように凝視され、商品としての価値を品定めされる。「これが私の目指す世界なのだから仕方ない」と自分に言い聞かせていた。
 オーディションに合格し、役を貰ったとしても綺麗で居続けなければすぐに捨てられる。もう私の『美の基準』は私以外の誰かが決めたものだった。食べるものをコントロールすることで自分を保てていると思っていたけれど、結局は心も身体もなにひとつコントロールできなくなっていた。
 このままじゃいつか私は壊れてしまう。漠然とそう感じていたけれど、今止めてしまうとやっと繋いだ居場所もなくなり、私の価値もなくなる。誰にも認めて貰えなくなる。そう思うと消えてしまいたいくらい怖かった。

存在しているだけで価値があるんだと、思い出させてくれた

 ある日突然脳の病気が発覚し手術を受け、半身麻痺状態になった私は地元の大阪に戻った。それまで心身ともに激動の日々を送っていたなかで、必要な手順を踏まず無理矢理電源を引っこ抜かれたゲーム機になった気分だった。私にはもう何もない。そう落ち込む間もなく、家族や友人が毎日病室を訪れた。
 私を言葉で励ましたり元気付けようとすることもなくただそこに居て、何気ない世間話、近況報告、恋愛相談までいろんな話をした。何かを目指して全力疾走していないと自分には価値がない。そう思っていた私は、彼らに励まされ、徐々に回復していった。
 頑張らなくても、ありのままの私をそのまま受け入れて求めてくれる。存在しているだけで価値があるんだと思い出させてくれた。産まれた瞬間から今日までずっと愛されてきたはずなのに、こんなことも忘れていたのかと思うとやっぱり身体と心の健康は強く深く繋がっているんだと思う。

もっと強くなって、誰かにとってのホームになれるように

 私はこれまでの人生経験を以て、とてもいい勉強ができたと感じている。何かに没頭するあまり盲目になって、自分にとって最も大切なものを忘れてしまうこともある。勇気を持って新しい世界に飛び込めば、ワンランクアップした新しい自分を見つけられるかも知れないという好奇心と勢いもとても大事だと思う。何かを捨てることでしか得ることのできないものある。
 けれど、自分は愛されているということは決して忘れてはいけない。存在するだけで価値がある。そう思わせてくれる人が世界中に一人でも居ればいい。そんな人が何人もいる私は幸せ者だ。そしてその人たちのお陰で、私はもうきっと誰からも傷付けられないし、誰かを故意に傷付けることもないと思う。心の奥に、どこからでもアクセスできるホームがあるから、どこまで行ったってすぐに帰ってこられる。
 
 私ももっと強くなって誰かにとってのホームになれるように、いつでも幸せを感じながら生きよう。