高校を卒業して県外の大学に進学するまでの十八年を田舎町で過ごした。生活に困るほどではないが必要最低限のものだけが揃っている、特徴のない街だった。
中高生の遊ぶ場所と言えば駅前のスタバか郊外の映画館で、休みの日に遊びに行くと必ず同級生に出くわした。
私はその街のいわゆる進学校に通っていた。進学校とは言え小さな街なのでたかが知れているのだが、古い高校だったので、制服で歩いていると時々年配の方に「優秀なのねえ」と声を掛けられることもあった。

気さくな彼と話すことが、受験勉強で鬱々とした毎日の楽しみに

高校生活は当たり障りなく過ぎていった。地方進学校特有の自由でのびやかな雰囲気で、いろいろな生徒がいた。休み時間も図書館にこもって勉強する者。甲子園を目指して部活動に生きる者。毎日きらびやかに着飾って化粧もばっちり、髪の毛を巻いてスカートをぎりぎりまで折る者。
私はそのどれでもなかった。部活は週二回の文芸部。化粧はしていなかったが前髪だけ巻いて、スカートは一回だけ折っていた。勉強はそこそこできたので三年になると当たり前に受験勉強を始めた。
三年生の夏休み明けの席替えで彼と隣になった。落ち着きがあるが気さくな彼と私はすぐに打ち解けた。隣の席なので毎日よく話した。彼と話すことが受験勉強で鬱々とした毎日の楽しみになった。
将来何になるのか、受験の結果はどうなるのか、先行きが見えず霧がかった世界に差した光であった。私はそれを恋と認識できなかった。彼の笑顔は陽の光に照らされた水面のようにただただ輝いた。それを恋だと知ることができたのは告白された時だった。

受験が終わったらという、恋の呪文は、二人を中途半端に縛り付ける

私は自分の気持ちが恋心であることを知りその喜びを知った。心に花が咲き乱れ祝福の鐘が鳴った。自分が世界一の幸せ者であるように思った。しかしその鐘は、同時に私にある残酷な事実を知らせた。受験を一か月後に控えているということだ。受験が終わったら付き合おう、と返事をした。
二人は幸せだった。そして未熟だった。一か月という時間はあまりにも長く黙って待つことはできなかった。時々隠れて待ち合わせをして一緒に帰った。しかしそれだけだった。受験が終わったら付き合おう。私たちはまだ付き合っていないからと、受験勉強中に恋愛にうつつを抜かしている自分たちを正当化した。
受験生である自分を守るための呪文は、気持ちの上では結ばれてしまった二人を中途半端に縛り付け、私たちは互いを細い糸でつないだまま宙ぶらりんで空中に放り出された。
その日はいつにも増して寒かった。地面が凍っていた。帰り道、彼の隣で私は何度も転びそうになった。「つかまっていいよ」と彼が手を差し伸べた。はっとした。とっさに「大丈夫。一人で歩けるから。」と言った。
言ってしまった。すべを知らなかった。彼は一瞬困惑した後「意地張ってると後悔しちゃうよ」と言って、手を引っ込めて、笑った。それっきりだった。

失敗した空中ブランコのように反対を向き恋は始まりもせず終わった

彼と私は別々の大学に進学しそれぞれの場所で一人暮らしを始めた。私たちの恋は始まることなく終わってしまった。気持ちは結ばれていたのに付き合うこともできなかった。互いを結んでいた微かな糸は何も編み上げることができずほつれて切れた。
宙ぶらりんの私たちは行き場を失い、失敗した空中ブランコのように反対を向いた。あの時手をつかんでいたら。彼の言うとおりだった。自分は一人で歩けるからと意地を張ったからこの有様だ。後悔してももう彼はいない。どんなに険しい道で転びそうになろうとも手を差し伸べてくれる人はいない。何故なら私が自分で、一人で歩くことを選択したのだから。
意地を張ってごめんなさい。手をとれなくてごめんなさい。本当はすごく嬉しかった。きらめく毎日をありがとう。