なんでもない毎日がとても幸せだった

専門学校を卒業し、地元の病院に就職したばかりのころ。
なんの変哲も無い毎日を送っていたあの頃のわたしには突然の出来事だった。
友達の紹介で知り合った男性と食事に行くことになり、恋愛に不慣れなわたしはとても緊張していた事を今でもはっきりと覚えている。

その男性はとても優しく、同じ職種で働いていることもあり話も合い、まるで昔から知っていたかのようになんでも話せる貴重な存在だと思った。
何度か食事を重ねる内に、優しい人柄と笑顔に惹かれ、気付いたら好きになっていた。
デートの帰り道、車の中でしっかり目を見て告白してくれた時の喜びは今でも覚えている。その日から素敵な男性はわたしの彼になった。

わたしは警戒心が強く、急に距離を縮められる事がとても苦手だった。彼はわたしのペースに合わせてくれとても大切してくれた。少しずつ同じ時間を過ごすことに慣れていき、手を繋いで歩いたり、彼の家で料理を作り一緒に食べたりなんでもない毎日がとても幸せだった。そんな中コロナ禍に突入した。

コロナ禍に突入してからは、医療業界で働き続けるストレスや感染リスク回避のために行動に制限が増え、彼もわたしも気付かぬ内にストレスが増えていた。
「こんな時に1人じゃなくて本当に良かった。いつも隣に居てくれありがとう。」
「わたしも今同じこと考えてた。ありがとう。」
こんな風に支え合っていける幸せを大切にしていきたいと改めて感じた。
遠出をすることは出来なかったけど桜を見るために散歩をしたり、焼きたてのパンを買って公園に行ったりたくさん幸せな時間を過ごした。

「将来への不安な気持ちが大きくて一緒に過ごしていく事が苦しい。」

そんなとき、わたしは大きな怪我をしてしまい仕事を続ける事が困難になった。暫くお休みを貰い病院に通っていたりしたが、出来ない事が増えて彼といる時間も彼の手を借りることも多くなり、そんな状態が続き落ち込んでいた。
彼は仕事が忙しいなか、それでも普段と変わらぬ様子で接してくれて、慣れない料理を作ってくれたり、髪の毛を乾かしてくれたりした。今思えば彼の優しさに甘え過ぎていたのかもしれない。

少しずつ調子が良くなってきた頃、彼の様子がおかしいことに気づいた。彼はもともと自分の気持ちを話す事が苦手で普段から悩みを抱え込みやすかったため、話す時間を作り彼の気持ちを聞くことにした。彼はいろんな不安を溜め込んでいた。
「一緒にいるとどんどん好きになるし離れたくない。でも将来への不安な気持ちが大きくて一緒に過ごしていく事が苦しい。」と言われた。
この時は彼も別れたくない気持ちの方が強く一緒に過ごすことにしたのだと思う。しかし、3ヶ月くらい経ったある日、改めて話し合いをした。
「これを機に大変な時はお互いが支え合い、解決できないこともプラスに捉えていけるような関係性になりたかったけど無理だった。このまま付き合い続けても今後、あの時別れておけば良かったと思うこともあるかもしれない。今よりもっと傷付けてしまうことになる。」

彼がここまで悩んでいたなんてわたしは知らなかったのだ。

彼は最後の最後まで優しかった

それから暫くは、お互いのすすり泣く音が静寂の中流れていた。
別れたくないという素直な気持ちを伝えるも彼の気持ちは揺らがず、お互いが好きな気持ちのまま別れることになったのだ。

「今までありがとう。大好きだったよ。」と
まるでドラマのようなハグをした。
そのハグは今までで一番優しく、力の篭ったハグだった。お互い涙が止まらなかった。もう今までの関係には二度と戻れないんだなと思った。

別れ話が終わった後、彼は私に感謝の気持ちを伝えてくれた。
今まで一緒に過ごしてきた時間は、いつも楽しくて幸せで本当にかけがえのない時間だった。あのね、わたしも同じこと考えてたんだよ。
合鍵を返し、車に乗り、最後のさよならをするとき、「何かあったら相談くらいは乗れるから。」と彼が言った。
それはわたしの台詞だよ。

彼は最後の最後まで優しかった。
わたしの良いところを見つけてくれてありがとう。
わたしと誠実に向き合ってくれてありがとう。
いつかお互いが幸せになれる日が来ますように。

ねぇ最後に一つだけ言わせて。

好きなのに別れるなんて選択肢、わたしにはなかったよ。