出会ったのはバイト先のカフェでだった。
月に2回ほど、週末の遅い時間に来店する男の子。見た目からして20代前半。いつも勉強しているから学生さんだと思っていた。
珈琲1杯で何時間も長居をするから、ランチの余りの珈琲をサービスでつけてあげたのが、会話をするきっかけだった。
シフトを減らすことを伝えると、彼はプレゼントと手紙をくれた
最初は他愛もない、天気の話ばかりしていた。
会話をしていくうちに彼のことを少しずつ知っていった。
彼は社会人で、実は私より4つも年上で、関東出身で、こっちには就職で引っ越してきた、だとか。
彼は足繁く通ってくれるようになって、私のシフトを把握するようになって、時間があればお話をするようになった。
クリスマスイブの夜もカフェに現れたからきっと彼女はいないんだろうなと勝手に思っていた。
店員とお客さんの関係を1年と少し過ぎた頃、私は大学4年生になって、就活でカフェバイトのシフトを減らすことにしていた。それを彼に伝えると、翌週にプレゼントと手紙をくれたのだった。
高そうなブランド物のボールペンと一緒に添えられた手紙にはこう書いてあった。
「貴方の笑顔をみるために通っていました。就活頑張ってください」と。
私は嬉しいような悲しいような気持ちになった。連絡先を交換するだとか、ラブレターではないか、とか。恋人に発展するような、素敵な言葉が書かれているのではないかと期待していた。
だが、違った。
彼から行動がないのであれば私から聞くしかないと、決意し思い切って連絡先を聞いてみた。
彼は泣きながら言った。「忘れられない女性がいる」
彼は、色んなところに連れて行ってくれた。初めて食べる物も多かった。
趣味も多様で、ギターを奏でては歌を歌い、部屋の本棚にはずらっとよく分からない洋書が並んでいた。
暇な時間があれば連絡を取り合い、隙間を縫って会いに行った。
でもいざ、お付き合いの話になると彼は口を濁した。
恋人以上のことも、私達はしてしまっていたし、一緒にいる時間はとても楽しかった。
痺れを切らして私が問い詰めてしまった日があった。
すると彼は泣きながら言った。
「忘れられない女性がいる。あの人以上に愛せる人は他にはいない。君を1番にはできない」と。
私はそれでもいいから一緒にいて欲しいと懇願し、お付き合いが始まった。
何かと理由をつけて「1番には出来ない」と突き放してきた
それから彼は日に日に冷たくなった。
連絡は3日経っても返ってこない。
口を開けば喧嘩ばかり。
何かと理由をつけて「1番には出来ない」と突き放してきた。
一緒にいるのが辛かった。
でももうもはや執着だった。
彼のどこかに優しさを見出して、少しでも私のことを考えてもらえるようにと必死だった。
諦めがついたのは、私の就職が決まってからだった。
地元から遠く離れた場所で就職が決まった。
もうこれで会わなくて済む。
ふとそんなことを考えてしまっていた。
どこかで強制的な別れを望んでいたのだと思う。
お別れの日は穏やかだった。
彼は私の夢を応援してくれた。
笑顔で見送ってくれた。
私もあなたが忘れられない人になりうると、知ってもらいたかった
私は今でも彼を思い出す。
彼にとって忘れられない人がいるように、私もあなたのことが忘れられない人になりうることを、彼に知ってもらいたかった。
皆さんにも、忘れられない人がいますか。
それは大切な思い出ですか。
綺麗じゃなくていいんです。
人は、過去と向き合って良いことも悪いことも抱えて、前を向いて生きていかなければならないから、彼との毎日は自分と向き合ういい経験だったと思います。