大学時代の女友達は6年間勤めた職場から大きな花束をもらったと、さらにはお別れ会まで開催されたと。そのような歓喜の報告があった。
これはファンタジーかな?わたしなぞ、そんなことしてもらった覚えはない。歯ぎしりするほど羨ましい。新卒で入った会社は激務にてパニック障害を発症、引き継ぎもできずにフェードアウト。24歳のとき転職した先ではお局に、仕事ができない上に生理的に受け付けないと因縁をつけられ、集団でいびられうつ病発症、またもやフェードアウト。
そんなことがあり私は、障害者となった。そして思った。障害が正しく理解される世の中にする仕事をしたい。

「働く理由」を明確に見つけたのも働いてない時期である

それをはっきりと自覚したのは今年、28歳、パニック障害・うつ病で療養中。その日は眠れず早朝、たまたまホストから起業をして働いているという男性の一般人が、ラジオ配信するアプリであるツイキャスを聞いていた時だった。
コメント欄には出勤前の社会人や学校に行く途中の学生、育児中の主婦。職業など何らかの肩書きがある、いわゆるジョブ持ちの人々に溢れたなか、自己紹介で歳を答えると、当たり前のように「得藤さんはこれから出勤ですか?ご職業は?」と聞かれた。
私は気まずさを抱えながら「無職です」と答えた。
矢継ぎ早に「何かあったんですか?」と。
そこで「病気で倒れて働けなくなった」と言ったら、漫画銀魂で『まるでダメなオッサン
』を表す『マダオ』改め、私が女性であるため『マダ子』と呼ばれた。

そして、彼はこう言った。
「すぐに仕事に出なきゃダメだよ。それじゃあ、ダメになってしまう」と。
私はその発言を聞いて、喉がキュッとなり苦しくなった。そこで思った。
働かなかったら私の何がダメになるのか。確かに賃金を得ることは生きる上で重要だし、働くことに大きな価値を見いだしている人もいるだろう。ただ、働かない時期があってもいいのではないか。経験上働いてない時期の方が自分を見つめ直し、立場などに囚われず考えを深めることができる。
私が「働く理由」を明確に見つけたのも働いてない時期である。

誰かが差別されない、障害のない世の中に変えることが必要

この他にも初めて会う人には必ずと言っていいほど職業を聞かれる。
そんなに肩書きが大事か。仕事に囚われている人は偏見が多く、会社の考えを自分の考えと履き違えている人が多い。それでは、思考停止の労働マシーンだ。

会社に所属し働くという体系では、前倣えの姿勢が評価され、上司などからの軋轢から逃れることができる人材が良く評価されるだろう。だがコロナ禍を経て、働き方は会社単位から個人単位に変わりつつある。フリーランスという働き方の台頭だ。その状況下で自分の働く理由を人任せにしていいのか。私は否だと思う。

まず、変えていきたいのはコロナ禍でリモートワークや時差出勤が広がりつつあるが、未だに蔓延る週5日、毎日8時間、一定の場所で労働することが当たり前の世の中だ。私のように体調に波があり通常のペースでは働けない人、その他にも長時間集中できない人、人間関係が築けない人など、世の中にはいろいろな人がおり、働き方も一概ではいけない。私は障害者とは、社会のなかで人が障害を感じた際生まれるものだと考えている。なので、私たち障害者が異分子で「ダメ」なのではなく、環境を変えて、誰かが差別されない障害のない世の中に変えることが必要なのだと思う。

障害を持つ人の一般企業への就労をサポートする仕事に携わりたい

私はこのような働き方の当たり前を変えていくため今、当事者の声を集めている。   Twitterやツイキャスでは約1000名の方々と障害者の働き方について意見を交わしている。
いろんな働く形を提案したり、働いてない時期があっても認められる社会をつくっていきたいからだ。次段階として「障害の存在しない世の中をつくる」とビジョンを掲げている会社で障害を持つ人の一般企業への就労をサポートする仕事に携わりたいと考えている。
実際に障害者が就労をする上でぶつかっている壁を知るなど現場の声を聞きたい。そして一つ一つ課題を解決していきたい。

将来的にはフリーランスで十分な所得を得られるようなライターやWebデザイナーなどを育成し仕事を受注する仕組みをつくり、時間や場所に囚われない仕事体系をつくっていきたいと思っている。もちろん、文字の力で自分の考えを発信し続けるのも忘れずにいたい。