わたしの中にはひとりの忘れられないひとがいます。

ちょっとした偶然からわたしとそのひとは関わりを持ってしまいました

そのひとは、とても優しく見た目も良く、常にいろいろな女の子に囲まれているようなひとでした。とても有名なひとだったので、わたしは出会う前から一方的にそのひとのことを知っていました。ですが、あのように色々な女の子の間を、華やかにひらひらとまるで蝶のように行き来しているひとには、興味がなかったので、このままそのひととは一生関わらずにいるのだろうと思っていました。友人たちにも、「そのひとだけは、何がなんでもやめておいたほうがいいよ。関わったらお終いだよ。しんどいだけだよ。やめておきな」と口を揃えて言われていました。

そのまま関わらず、きっと住む世界が違うまま生きていくのだと思っていたある時、ちょっとした偶然からわたしとそのひとは関わりを持ってしまいました。そしてその挙句、なぜかそのひととわたしは恋愛関係として付き合うことになりました。すぐに飽きられて捨てられて終わるだろうと、全く本気にしていなかったわたしの思いとは裏腹に、そのひとは思ったよりもずっとわたしを大切にしてくれました。 いつかいつか終わりがくると思いながらも、やがて付き合いは長くなり、初めにそのひとが言っていた「同じ女の子と三ヶ月以上続いたことがない」はとうに過ぎ、すでに付き合って二度目の秋に差し掛かろうとしていました。

連絡先をひとつ変えてしまうだけで、関係はあっけなく終わりました

わたしは、ようやくそのひとのことを少しずつですが信じられるかなと思っていました。けれども、その矢先に、 それは急に起こりました。結局、そのひとは蝶のままだったのです。しかしそのひとと一緒にいる歳月とともに誤魔化しきれない想いが芽生え、恋に堕ちてしまった愚かなわたしは、初めはそのことに気がついていないふりをしてしまいました。ところが次に決定的瞬間を見てしまったときに、わたしはもう終わりなのだと悟りました。

わたしはそのひとに別れを告げました。いつの間にか、わたしがそのひとにあげたはずのものが色褪せたから飽きたからとだんだんと見覚えのないものに変わっていっていたときから、わたしはこの恋の終わりがなんとなくわかっていたのかもしれません。ただその終わりが来ることが近いということを認めたくなかっただけで。

別れを告げたとき、そのひとは言われたことの意味がわからないというようにただただ呆然としていました。その後、たくさんの連絡がきました。わたしはすぐに連絡先をかえました。ただ携帯電話を、連絡先をひとつ変えてしまうだけでそのひととの関係はあっけなく終わりました。

好きと安心と信頼、そして裏切りと悲しみと怒りと絶望を教えてくれた

それから、しばらく経ったあるとき、偶然そのひとと街で再会しました。 ちょうどお別れしたときと同じ秋の頃に。たまたま季節外れの蝶が1匹だけ舞っていました。その蝶に見惚れているわたしにそのひとは言いました。 あのときの女の人とはすぐに別れたと。わたしと別れたことを後悔していると。どうして弁解をさせてもらえなかったのかと。でもわたしは一度、裏切られたものを再び信じることはできませんでした。

わたしは今でもそのひとのことは一生忘れません。好きと安心と信頼を与えてくれたこと、裏切りと悲しみと怒りと絶望を教えてくれたことはきっと幾つになってもふとした時、秋の頃に季節外れの蝶を見るたびに思い出すのでしょう。