振られた。
29歳になった次の日の事だ。
誕生日にお祝いの連絡は来なかった。
そもそも、それ以前に送ったLINEだって既読になっていなかった。
23時59分ギリギリのその瞬間まで、彼からの「おめでとう」の連絡を待っていた。
わかっていたけれど、やっぱり来なかった。
誕生日を自分の中でボーダーラインと決めていた。

彼の部屋にある荷物を取りに行こう。
大したものじゃないかもしれないけど、化粧品も着替えもそのまま手放すのはちょっと惜しい。
それに、最後はちゃんと顔を見て話したい。
それすら叶うのかも分からないけれど。

いつにしよう?
電車の中でぼんやり考えた。

職場についた瞬間、思った。

今日行こう。

急遽午後休を取らせて貰い、なんとか午前の仕事をこなした。
職場を出たタイミングでLINEを送った。
『今日そっちの部屋にある荷物とか着替え取りに行くわ!』

久しぶりの彼の部屋はSwitchが増えていた。本題に切り込むと・・・

送る瞬間、震えた。
もしこれで返事が来なければ、それはもう彼が永遠に私に会う気はないということだ。それを思い知らされるのは何より辛い。だけど、このまま何もせずに曖昧なまま無理矢理前に進むことは私の性格上無理な話だ。どちらにせよ傷つくのは決まっている。
なら、後悔のない傷つき方をしよう。
そう思った。

『わかった。20時半頃になるけど良い?』シンプルな返事だった。

久しぶりの彼の部屋には、前来た時はなかったSwitchが増えていた。
ソファに2人で腰掛けて、暫くはお互いに無言だった。
彼が気まずそうに目を逸らすから、腕をガシッと掴んで、いつものおちゃらけた調子で言った。
「話す時にはちゃんと相手の目を見ましょう!笑」
たまらず彼は笑って、私を見た。今日初めてまっすぐ私を見てくれた。
「最近連絡も返って来ないし、デートも断られてたから。私にもう会いたくないのかなって思ってた。どう思ってるのか、ちゃんと聞きたくて今日は来たの。」
本題を切り込んだ。

「会いたくなかった訳じゃない…難しいな」
難しいな、は彼の口癖だった。
私が彼に思っていることを尋ねる時、彼は大体『難しいな』と言っていた。

「嫌いになったとかじゃない。一緒にいて楽しかった、でも恋愛としては違うのかなって思った」
遠回しな表現だった。意図は伝わった。

溜め込んでいた想いが一気に溢れ出して・・・

「わかった。今日私が来るって言わなかったら、もう連絡しないつもりだった?」
「いや、連絡するつもりだったよ。そのうちこういう話をしないといけないと思ってた」

「連絡するの、めんどくさかった?」
「めんどくさかった訳じゃ…。でもそうなっちゃうか」
言い訳はしない人だった。

溜め込んでいた想いが一気に溢れた。

「付き合ってみたら思ってたのと違うなって事はあるだろうし。それは仕方ないよ。
でも、そう思ったなら言って欲しかった。
私が辛かったのは、無視されてたこと。私は連絡が来ない間、ずっと不安だったよ。
既読もつかない、返事も来ない。色んな理由を考えて、嫌われたから返事したくないのか、仕事が忙しいのか、体調が悪いのか、他に何か理由があって返事出来ないのか。これにまた連絡を重ねてもいいのか、連絡したら嫌がるのかなとか、もう会って話も出来ないのかなって。沢山考えて苦しかった。
色々考えても、君の考えてる事は分からないままだから苦しかった。エスパーじゃないから、思ったことは伝えてくれないと何も分からないんだよ。
君がめんどくさいで流して楽した分、こっちは2倍めんどくさいを背負って苦しかったんだよ。」

別れ話の後は、楽しかった思い出を一緒に振り返って

彼は私の目を見ながら時折頷いて、ちゃんと聞いてくれた。
「連絡しなかったのは、ごめん。申し訳なかった。」と、謝った。
私もうん、と頷いた。

別れ話はそこまでだった。

デート、楽しかったよ。中華も美味しかった。
生まれて初めてのお姫様だっこを経験できた!
え、そこ?笑
私と君はタイプが全然違うじゃん?だから、そこが面白いなって思ってた。
2人で同時に熱出した時、私は離れてるのに同時に熱出るなんて運命共同体だねって言ったけど、君は熱出る確率が2倍になるけどねって言ったよね。
ああ、そんなこともあったね。そう言えば、いつもネガティブな事は言わないよね、前向きでそれはすごいなって思ってた。
楽しかったね。楽しかったよ。
ありがとう。ありがとう。

期間は短いながらに2人で過ごした思い出を振り返った。悲しいけど、やっぱり彼と話すのは楽しかった。

荷物をまとめて玄関に行くと、彼は「駅まで送りますよ。」と着いてきてくれた。
道中も寒い寒いと笑いながら話をした。これでサヨナラなのが嘘みたいだった。

改札でもう一度ありがとうを言った。
彼もありがとうと言ってくれた。
優しい笑顔だった。

改札を通った後、振り返ったら彼はまだそこにいて。
笑顔で手を振ったら、手を振り返してくれた。2回目は、振り返らなかった。

私の恋が終わった。

振られた理由は本当かもしれないし、優しい嘘かもしれないけれど

彼が私を振った理由。恋愛としては違うと思った。
それが本当かは分からない。
私に嫌な所があったのか聞いても「それはないよ。」と言っていたけれど、本当は許せない何かがあったのかもしれない。他に好きな人が出来たのかもしれない。ただ、自分の時間を優先する生活に戻りたかったのかもしれない。

本当かもしれないし、最後の優しい嘘かもしれない。

ただ、私は彼が新しく買ったSwitchを一緒に楽しみたい相手にはなれなかった、そういう事なのだ。

不思議なもので、振られた次の日にこのサイトを目にして、私は今自分の失恋について書いている。この文が掲載されるかも分からないし、それがいつ頃なのかも分からないけれど。これは3日前の私に起きた出来事だ。2021年2月のリアルな私だ。
こんな風に自分の恋愛経験を文にするなんて考えたこともなかったけれど、考えてもみなかった事に挑戦する事が出来たんだから、もうそれだけで、この失恋にも意味があったんじゃないかと思えてくる。
29歳、失恋からのスタートもそんなに悪くないかもしれない。