そもそも私達の関係は対等ではなかった。

付き合って1年が経つ頃、3つ目の浮気の証拠を見つけて初めて怒った。と同時に、そ
れが引き金となってふられた。
「それでも信じてて欲しかったのに」
今にして思えばなんとも身勝手なことを言われたと思う。一方的に別れを突きつけられていたのは私だったのに。でもすがるようなことをして嫌われたくなかったから笑顔でさよならを言って。
自分から連絡は取らないと決めたから我慢していたのに、たったの1週間で彼から「大丈夫? つらくない?」とLINEが来て、その後には「いないと辛い。会いに来て」と電話で言われていた。それが嬉しくて、呼ばれたら家に行く関係を続け、挙句にはよりを戻してしまった。

この時から私は「付き合ってもらっている人」で、彼は「付き合ってあげている人」だった。

「もういらない、別れて」「最後のデートはしてあげるよ」

よりを戻して数ヶ月後に彼は職場の問題で精神的に参ってしまい、休職することになった。そこから関係はより悪化した。

躁鬱を繰り返してはうっかり自殺してしまいそうな彼を放っておけなかった。
そんな彼の職場復帰の目処が立った頃には、私は不眠に悩まされていたし、よくわからない膜が頭にできているようになって、上手く物事が考えられなくなっていた。

仕事に疲れて帰ってきた日のことだった。
その時恒例となっていた「会いたい、今から来て」に冷たく返してしまった。
「君は寝て待ってたら会えるからいいよね」
ずいぶんな言い方だったと思う。でもその日はすっかり疲労が溜まりきっていて。片道2時間かけて移動するのがひどく億劫で。
嫌われるかもしれないと我慢していたことを、一言に凝縮してぶつけてしまった。
その一言で彼の怒りと失望を買い、「もういらない、別れて」と最後にはまた切り捨てられてしまった。

彼なりの優しさだったであろう「最後のデートはしてあげるよ」という提案で行った川越も散々だった。このデートが終わったらこの人とはもう恋人じゃなくなるんだ。そればかりが頭を占めてしまい、胃痛をおこして座り込むほどで。
正直何を見て何を食べたのかすら記憶に残っていない。ただ一つ覚えているのは、日が沈んだデートの最終地点。某縁結びの神社の鳥居を出た時に呼び止められ、振り向いた時の景色だ。景色というか一枚の絵みたいだった。

台風が去ったばかりの濃紺色をした夜空に大きく月が浮かんでいて、赤々とした鳥居が照明に照らされてよく映えていた。それから生い茂った木々を大きく鳴らしながら暖かな風が強く吹き付けてーー改めて振られた。
「最後のチャンスのつもりだったのに。もう諦めたんだってがっかりした」
その言葉が酷く突き刺さって、頭からずっと離れなかった。
「もしかしたらやっぱり君がいいって戻ってくるかもね」
なだめるためだっただろう言葉にすがってしまった。

下心から仲良くなった彼は、感情の整理整頓を一緒にしてくれた

私がちゃんとしてたら。私が余計なことを言わなければ。
どこにいても何をしてても、振られるきっかけとなった余計な一言と、最後のデートで頑張りきれなかったこととが頭の中を占めるようになってしまった。
SNSを更新すれば、彼が見て反応をくれるんじゃないか、と思ってしまい、誕生日が近づけばお祝いのメッセージくらいくれるんじゃないか。と期待してしまう有様で。
友達と遊んでいる時に、元彼と行った場所を通れば塞ぎこみ、元彼と食べたことのあるものを食べれば黙りこみ。どんなに楽しく友達と笑っていても、いつもみぞおちのあたりが重苦しくて、どうにも心から楽しめない自分がいた。

そんな長々とした失恋にケリをつけたのは私じゃなかった。
「元彼の代わりに好きになれたら、今のこの寂しいを埋めてくれたら」
その人とも、そんな下心から仲良くなった。
だというのに私の思い出しては突然落ち込むのにも、私の未練がましい感情の吐露にも、全部向き合って、感情の整理整頓を一緒にしてくれていた。
一緒にいれば楽しくて笑いがつきないし、甘えたいだけ甘えさせてくれると同時に本人も甘えてきてくれたりと、可愛くてかっこいい人で。「一緒に居るからには幸せって思っててもらいたい」と口癖のように言ってくれる人だった。

この人といればきちんとしあわせ。もう元彼がいなくても大丈夫。と思った日の夜に限っては、元彼が夢に出てくるようになった。私はまだ引きずっていなくちゃいけないんだ。と夢から覚めるたびに落ち込む日々が続いた。
お泊まりしていた夜にも元彼の夢を見てしまった。
うなされていたけど大丈夫? と起こしてくれた彼を直視できないでいれば、夢の内容についてしつこく聞かれてしまった。話すつもりはなかったのに。珍しくひかない彼に負けて渋々と話せば、頭上からため息が聞こえた。また捨てられると怖くなったのをよく覚えている。

「もう忘れていいんだよ」
「でも、戻って来るかもって言ってたし」
「絶対にもう戻ってこないから」
子供をなだめるような優しい言葉に思わず駄々をこねれば、ぴしゃりと言い切られた。
そこで初めて涙がでた。

一晩中泣き続けた朝。あまりの醜さに自分の顔を笑い飛ばした

今までは落ち込んだり塞ぎ込んだり黙り込んだり、ぼーっとすることはあったけれど、少しも泣けなかったのだ。「泣いたらすっきりするよ」と声をかけてもらってもだめだった。私が悪いのだから泣く資格なんかない、と思っていたせいもあったのかもしれない。理由はわからないけれど、振られてからずっと泣けなかった。

一晩中泣き続けて、寝かしつけられて。次の日の朝鏡で見た顔は誰がどこからどう見てもブスだった。顔はむくんでいたし、目は腫れぼったくなっていたし、鼻はかみすぎで赤くなっていた。あまりの醜さに自分で自分の顔を笑い飛ばしてしまった。みぞおちの重さはもうなかった。

結論としていえば、私がしっかりと失恋しきるのには一年半費やした。それも私自身が終わらせたわけじゃなかった。
「時間が経てばきっと忘れられるよ」
そう言ってくれる人はたくさんいたけれど、私には少しも効き目がなく、むしろ時間が経てば経つだけ重症化していた。
そんな私を救ってくれたのは間違いなく、私の感情や思い出に一緒に向き合ってくれたその人で。あの晩ぴしゃりと切り捨ててたくさん泣かせてくれたからで。
時間薬なんかよりよっぽど即効性と多幸感のある薬だったのだと思う。

今の私はきちんと幸せです。