「じゃあ、バイバイだね」と、駅前の信号を渡りきってから彼は言った。

この構図はおかしい。なんで、私がフラれているのか。

出張後直帰する気分でもなく、ナンパしてきた人にメッセージを送った

その日は出張だった。新幹線で日帰り往復。出張先での打ち合わせが昼過ぎに終わり、そのまま直帰になった。なんか、こんなに早く帰ってしまってよいのだろうか。水曜日。週後半の業務のことを考えると、このまま直帰する気分でもない。先輩や上司と解散して、最寄り駅近くのカフェに入った。

カフェで、パソコンのメールボックスを開く。16時半。この時間から対応するには、正直面倒な連絡が入っていた。とりあえず返信して、電話入れておくか。……なんだろ、いるのかな、この気遣い。疲れた。一気に疲れが押し寄せてきた。

パンツスーツなのをいいことに、足をだらんと伸ばす。このまま家に帰ると、このなんとも言えない気持ちのまま明日を迎えることになる。誰でもいいから、何でもいいから話したい。この時間から会えるのは……LINEを開いた。「今日、今から会える?」と最近ナンパしてきた人にLINEでメッセージを打ったら、返事がすぐに返ってきた。

彼はすぐに駆けつけてくれた。ベッドに並んで座り、お酒を飲んだ

彼と出会ったのは、年末の銀座だった。会社の忘年会の下見で、先輩が指定した場所に向かって速足で歩いているときに声をかけられた。コリドー街の裏側あたりの通り。「会社の送別会で~」みたいなことを言っていたが、ナンパ帰りなのは容易に想像がつく。でも、連絡先を交換することにした。振り切るのが面倒だったのが6割。あとの4割は、淡い期待と興味本位だ。

彼が、LINEで設定していた音楽に興味を持った。確か、学生の時にはやった感じの曲だったと思う。懐かしいような、今聴いても歌詞がしみるような。忘年会の下見の帰り道、歩きながらその曲を聴いてみた。銀座から帰ってきた頭に、すごく心地よいメロディーラインだった。心根が悪い人ではないのかな、という気分にさせるには十分な内容だった。

その日、彼はすぐに駆けつけてくれた。行きついた先は、レンタルルームだった。中に入ると、ベッドが置いてあるだけで倉庫みたいだった。ベッドに並んで座った。備え付けのテレビをつけて、あまり知らない芸人が出ているバラエティを観た。まあまあな味のチューハイを飲んだ。リラックスしてきて、ベッドに横になった。静けさにヤな予感がした。

やっぱりかと思うと同時に、人に興味を持つ瞬間も、人への興味を失う瞬間も、一瞬なんだと思った。行為を拒むと、彼はそれまでの態度が打って変わって「萎えた」。それでもやっぱり期待して、出張帰りに買ったお菓子を渡した。なんだここでも気を遣うのか、萎えるのはこっちだよ、こんなの求めていなかったのに。無言で感情をぶつけながら。

それから、すぐに帰ることになった。最後は立場が逆転してしまったように、彼が速歩きになった。視線の先が駅にまっしぐらだ。これだけわかりやすいと笑ってしまう。それでいて気が立ってくる。わかりやすすぎない?彼に好意を抱いていたわけではないけれど。なんだか人として呆れられた感じだ。いや、女として、か。

私も彼も気持ちの軽さでいえば「カラダだけ」を求めていたようなもの

どんな人かなんて、最初からなんとなくわかっていたのにな。でも、期待してしまったし、文句は言えない。お互いに求める関係性のレベルは、同じくらいだ。

私だって、気持ちの軽さでいえば、カラダだけを求めていたようなものだ。私がフラれた構図になるのは、正直腹が立つ。けど、行き場のない欲とか、感情をぶつけようとしたのは、私も同じなのだ。

吸い込まれるように駅へ入っていく彼の背中を眺めると、踵を返しバーを探すことにした。甘めのチューハイでは締まらないんだよ、今日は。ウィスキー飲んで、バーのマスターに今日のことを明け透けに話したら「バイバイだね。このなんとも言えない気持ちに」と言ってくれた。