最初は、仕事の空き時間の突然のハグだった。ふと気づいたら、2人きりだった。
それから、いつまで続いていたか分からない、この習慣。
しかも人の目を気にしてか、2人っきりになる瞬間に必ず狙われていた気もする。それが1日経ち、2日経ち、1週間と続くと、いつのまにか毎日になっていった。その期間は数えてない。
唐突にハグされて、彼の優しさに抗うことは出来ずに甘えてしまった
私は、誰よりも遅く残業するのが当たり前だったから、疲れ切っていた。そんなときは、どんなに彼を避けても逃げても、彼の前では逃げられず、しかも何故かその優しさに顔がはにかんでしまった。
2年前、私が突然1ヶ月休職したことがあった。誰にも何も言わずに、突然に上司だけに告げ、休職したから本当に何があったのかと心配してくれていた。
「なんで相談もしてくれないんだよ!」と彼からのLINEが、休職したその日の朝に届いた。なぜなら前日の夜、夜勤の彼に向かって「また明日!」と。私は、いつもと変わらずに声を掛けて、退勤していたから気が気でなかったのだと思う。
いま思えば、彼のその強引な優しさが始まったのは、その頃からだったかもしれない。だからといって、ハグして良い理由にはならない。普通に考えれば不倫だなんだって噂になる。バレたら処分が待っている。私は、自己都合による退職で良い。
でも、彼は家庭があるから、そういう訳にいかないはずだ。合意なんて求められなかった、唐突にハグされてしまうから。私は正直イヤだったはずなのに、彼の優しさに抗うことは出来ずに甘えてしまった。私があまりにも純粋な表情と態度を取るものだから、それがどうやら彼にとっての癒やしになってしまったらしい。
彼とこのまま「関係」を続けていては駄目。私は逃げるように退職した
時間が経つにつれ、駄目だと分かっていながら、彼からの熱烈なハグを求め始めていたのも事実だった。付き合ってはいない。好きでもない。彼の一方的な愛に押されて、彼に応えていただけ。でも、彼からのハグは駄目だと思っていても求めてしまった。彼のそんな魔力に負けた。
そして、ついに彼は私を自分の太ももの上にのせて、私の首筋にキスをした。ショートカットだった私。首筋に跡がついていないかどうか、気が気でないまま退勤した。
そんなことがあっても、彼との関係は止められず、ずるずると時間だけが過ぎていった。毎日のようにLINEする関係。毎日のように、会えばハグをする関係。でも、妻子ある彼。完全に罪を犯している。私は、おかしい。変だ。このままでは駄目だ。
そんなことがあってから、半年後、私は色んな事情も重なって、逃げるように退職した。上司にも会社にも言ってない。妻子ある彼を守るため、そして彼を振るためだった。私がそんな理由も含めて退職した事を彼は、もちろん知らない。
私は逃げるように連絡を絶ち、毎日来るLINEもなくなった。正直寂しい気もする。でも、自分に言い聞かせる。もう彼には甘えない。
彼からの一方的な「片想い」に、私は根負けして近づき過ぎたんだ
退職を決意したその日、私は彼と最後のハグをした。いつもと変わらないバッグハグ。退職のことは彼に言ってないのに、いつもより長い気もする。「ありがとう。もう駄目だから、バイバイ」と私は心のなかで、そう言っていた。
本当に何故か、私には甘々なくらい優しかった。今まで真面目に全うに生きてきた私には出会わないような、年齢に似合わない端正な顔立ちと余裕、包容力の塊のような人だった。
前に冗談まじりに、みんなの前で私のことタイプだって言っていた。ほんとに冗談だと思っていた。心も身体もすり減らして、仕事を頑張る私を何度も励ましてくれた。人生の相談も、いっぱいした。夢も語った。今は、そんな時間がない。
彼からの一方的な片想いに、根負けして近づき過ぎた。いや、私の断れない性格ゆえに狙いやすかったのかもしれない。人には絶対言えない、それほどまでの苦い記憶を手放そうと思う。