些細なきっかけから、からだに支障をきたし、会社を休むことに
コップの水が溢れ出してしまった。
今の私はそんな状態だ。
きっかけはたぶん些細なことで、少しずつ目に見えないストレスに押しつぶされてしまった。
それに気がついたときには、もうベッドから起き上がれなくなってしまった。
からだに異変が起きた時点で気づけばこんなことにならなかったかもしれない。
だから此処に記す。
私自身の記録のために。
はじめの異変は、瞼の痙攣だった気がする。
慣れていないパソコン業務に目が疲れただけかなと思いスルーした。
次に食生活の乱れ。
過食になったかと思えば、まったく食べる気がおきない日もあった。
そんな生活をすれば当然だが、下痢と便秘を繰り返した。
そのあたりでヤバいと気がつき、心療内科に通いはじめた。
処方された薬のせいで日中の業務に支障をきたすほどの眠気に襲われた。
その頃にはもうからだは限界で蕁麻疹や吐き気などもでるようになっていた。
毎日泣いて、怒って、感情のコントロールが効かなくなった。
メンタルが崩壊していった。
そして、会社を休むようになった。
「復職」と「退職」迫られる選択
会社に行けない自分が嫌で、周りに迷惑かけるのが辛くて、それでもからだは動いてくれなくて、なんとか無理して行って、会社でパニックを起こしてしまった。
医師は「鬱」と診断し、休職することになった。
休職中は一日中寝てばかりだった。
なにもやる気が起きなかった。
全てにおいて興味が湧かないのだった。
自分が生きてるのか死んでるのかわからなかった。
病院に行くたびに睡眠導入剤と安定剤が増えていった。
気がついたら、3ヵ月が経っていた。
入社して1年に満たないため、休職期間の満了が3ヵ月間だった。
迫られる選択。
「復職」か、「退職」か。
「無理に今の職場にこだわらなくていいのでは。」
医師のそのひとことに救われ、「退職」を選択した。
それから、震えながら会社に行き、菓子折りを渡して、呆気なく退職の手続きを終えた。
そして、今に至る。
会社を辞めてから、びっくりするぐらい気持ちが軽くなった。
相変わらず薬は手放せないけど。
それでも料理を作ったり、買い物したり、普通の生活が徐々にできるようになってきた。
久しぶりに笑うことも出来た。
逃げてもいい、無理をしなくてもいい。弱さと向き合っていきたい
ストレスは水のように掴めない。
でも、確実にからだやこころを蝕んでいく。
ぽつり、ぽつり。
水滴が徐々にコップを満たしていく。
溢れ出す前に水を捨てる。
そんな簡単なことが出来なかった。
逃げてもいい。
無理をしなくてもいい。
誰かの視線を気にしなくていい。
自分を自分で追い詰めなくていい。
助けてくれる人は必ずそばにいる。
時々、「死」がとても甘美な果実のように見えて、吸い込まれてしまいそうになるけど。
今はまだ、その果実を喰むのにはまだ早い。
楽しみは最後にとっておかなくちゃ。
大好きな人を悲しませないためにも、次はちゃんと小さなからだの悲鳴に気づけるように。
私は自分の弱さと向き合っていきたい。
4月から新しい職場で働く予定だけど、それまではもう少しだけ休もうと思う。