What are little girls made of?
Sugar and spice, and all that's nice
女の子は何でできてるの?
砂糖とスパイス、それからすてきなもの全部(マザーグースより)。
……信じて生きているわけではないし、目指しているわけでもないけれど、でも、そういうものから遠い見た目だなぁと手のひらに乗せた錠剤を見る。
わたしは、1日1錠、コンクリート色の薬を取り込んで通学していた。
発達障害 クラスメイトにだけ診断名を告げたが・・・
お喋りで、負けず嫌いで、悪戯好き。部活の大会で歓声を、テスト前の課題提出で悲鳴をあげる。それらはすべて本心からだ。わたしは高校生活において秘密にしていたことはない。
言わなかったことがあるだけである。
灰色の徐放剤は精神刺激薬だ。わたしには発達障害がある。
わたしの母校は生徒の裁量に任せる部分を多く設ける校風で、程度や方向性の様々な「普通じゃない子」が、それこそ普(あまね)くいる学校だった。わたしたちは思い思いの服装で授業を受けたし、それぞれの目的で教室を使った。
だからわたしの得手不得手も目立たずにいたのかもしれない。恥じることも誇ることもない。それは、わたしの一部に過ぎない。担任をはじめ教諭陣には伝えてあったし、級友がわたしの識字能力で成績を決めるわけではない。致命的な過失を防ぐために服薬しつつ、しかしそれは、それだけのことだ。
例外として、ひとりにだけ診断名を告げたクラスメイトがいた。
そしてそれが、ふたりめ以降を作らなかった決定打になった。
愛らしい友達に自分について始めて伝えた時、彼女の綺麗な目は少し揺れた
彼女はよく通る声をした、健やかそうな女の子だった。
自分の思ったことは素直に口にするのに、周りからの賞賛は方便に違いないと謙遜する。その不思議な自意識が愛らしいと思っていた。わたしはそういうことを察するのが下手で、彼女ならひとつひとつ表情を変える他人の振る舞いを取りこぼしてしまう。
意図しないところで傷付けていたら悲しいな、と思った。悪意があるかどうかであなたの傷つき方が変わるなら、浅い方を選びたいと思った。
ちなみに、この「悪気があっての発言でないなら許す」という感覚を、実は今ひとつ理解できていない。言われた言葉は同じだろうに……
だからなるべく深刻に聞こえないようにわたしの不全について伝えようとした。
彼女の色が濃い綺麗な黒目が少し揺れたのを覚えている。
「見えないんだけど」
彼女のよく響く綺麗なアルトが少し揺れたのを覚えている。
覚えているだけだ。その震えの理由は、わたしが察するには難しすぎた。
「だから、そんな風に言われても信じられない」
それで、終わりだった。
私にとってエスパーのような彼女 「信じられない」と噓つき扱い
いつも分からない何かで一喜一憂するその女子高生なら、なるべく他人に嫌な思いをさせないように言葉を選ぶその子なら、告白するまでもなく察しているのかもしれないと思っていた。
今になって振り返れば甘えていると恥じることもできるが、当時は彼女をエスパーのように感じていた。わたしがいるのは世界の一部で、感受性の豊かなひとびとだけがわたしの知り得ない完全版を生きられるのだと。
完全版を生きているはずの彼女は、「信じられない」と言った。
わたしはわたしの診断を知っている。知能テストの歪んだ結果票を知って見ている。コンクリート色の薬が集団生活を補助すると信じている。
彼女は超能力者ではなかった。彼女には、わたしが言葉通りのわたしには見えないそうだ。
この子の視点におけるわたしは嘘つきで、わたしのあらゆる努力は無なのだ。宿主の想像の埒外にあることは、どうしたって存在しない。何らの悩みも持たずに奔放を楽しむ架空の高校生を思い浮かべて、わたしはいっそ楽しくなった。
彼女に見えている幸福そうな誰か(それはわたしであるらしい!)を消してしまうのは、なんだか勿体ないような気がした。
この話は、だから、これで終わりだ。
わたしは二度と同じ話題に触れないまま高校を卒業した。
What are little girls made of?
Sugar and spice, and all that's nice
女の子って何でできてるの?
砂糖とスパイス、それからすてきなもの全部。
……砂糖と、おそらくスパイスはやや多め。10年前友達だったあの子に見えていたわたしは、きっとそういうものでできていた。実際の肉体が、血中に第一種向精神薬を含んで騙し騙し動かされていても、だ。
little girlという年齢ではなくなった。
女の人って何でできてるの?
……やはり錠剤はそこに含まれないと思う。会わなくなった彼女が今のわたしをどう見るか、まるで見当がつかない。仮定の話が苦手なのは、あの頃から変わっていないのだけれど。