私は、真っ直ぐに地面を踏みしめたい。踏みしめて立った自分を見てほしい。そんな自分の見せ方をしたい。そう思えるようになったのは、最近になってからだ。
ヒールの高い靴を履いてていても。どんなに雨に打たれても、晴れた日でも。
変わった私は、以前よりも前を向いている。
地面を向いていた時よりも、光を向いていると思う。

以前から好きだったミュージカルをやってみることを決心した

私が前を向くためには、時間もかかったものである。
今でこそ大した話ではないと思えてしまうが、当時の自分は人生の変わり目とも思うほど色々なことを考えていた。
以前私がお付き合いをしていた男性と別れた時。その時の自分は、意識して可愛く強い子を常に演じていた。それが男性に好かれ、嫌われないと考えていたからである。そんな男性と別れ、異性の目を考え演じる必要のない自分はどんな人間になれば良いかわからなかった。
意識して作っていたその演じられた自分は、いつの間にかそれにすがっていて元々の自分を見失っていた。どう見られていたのかすらわからなくなった。

空いた時間と空いた心を持て余し、自分への自信も失った。世界は鬱々とした日々になり、気付いた時には地面ばかり見ていた。そんな暗い日々をどうしたら良いかもわからず、未熟だった自分は別のものに没頭しようとしたのである。

空っぽの自分が不意に思いついたのは、以前から好きだったミュージカルだった。
自分を埋めるためになんでもよかった。好きなものをやってみようと言う気持ちで何かを始めようと決心をしたのである。

完全未経験で演劇の世界に。最初は不安から靴先ばかり見ていたけど…

演劇完全未経験で、1人で劇団の門扉を叩いた。1人で立とうと頑張ることにした。出来ないことばかりの自分は、ガムシャラだった。未経験の私はとにかく団員について行くのに精一杯で、立ち位置ばかりが不安でいつも靴先を見ていた。
やっと動き方に慣れた頃、自分はあることに気付いた。
鏡の前でストレッチをする。ポーズをとる。視線をうつす。自分はこんな顔をしているのか、自分はこんな振る舞いをしていたんだ。何年も同じ自分のはずなのに、初めて見る自分ばかりだった。

継続の甲斐あり、舞台に立つこともあった。舞台でライトを浴びた時、緊張から地面がふわついたように感じた。手が震えた。照明が熱く、観客の視線が突き刺さる。声が上ずる。
だからこそ、両足で地面を踏みしめた。
しっかりと立ち、自分を見せたい。見てほしい。ここまでやってきた、やった自分を見てほしい。
地面に足をつけ、気付けばしっかりと正面を向いていた。地面ばかり見てきた自分は、光をむくことが出来ていたのである。

自信を無くしていた私は「見られること」で前向きになれた

自信のない自分は、前を向き光を向くことでいなくなった。いなくなったと言うよりかは、そこを受け入れる自分を作ることが出来たように思う。
自信がなくなった時、見せること見られることが自分を救ったのだ。
舞台に立たない今でも、勇気や自信が欲しい時こそしっかりと地面を踏みしめて立つようにしている。自分を見てもらうために。

エスカレーターでも、赤信号で立ち止まった時でも良い。地面を踏みしめた自分を見せたいのだ。