私が自分を変えるなら、“おばちゃん”になりたいとずっと思っていた。

おばちゃんというと、マイナスのイメージだろうか。それとも、女性蔑視だと思うだろうか。でも、自分はそうは思わない。この地球上で最強なのは、おばちゃんだと思っている。ジェンダーも差別も問答無用でなぎ倒すタフネス、それがおばちゃんだ。

私が目指しているのは、たっぷりと「人間力」を蓄えたおばちゃん

20年ちょっと前、20代だった自分は行政機関で相談業務に就いていた。いつも年配の相談者に「あなたは若いからわからないと思うけれど」と枕詞のように言われていた。

一足飛びに40、50歳になりたい。頼られるおばちゃんになりたいと思ったものだ。恰幅がよくて話好き、酸いも甘いも噛み分けて、どんと構えて頼れそうな雰囲気。それならもっと腹を割って話してもらえて、こちらの話にも耳を傾けてもらえるのでは。言うことは言い、クレーマーもぴしゃりと黙らせる。百戦練磨のおばちゃん。

また一方では、自分の仕事も今後外注や委託で、どんどんなくなっていくのだろう、一番最後に必要とされるのはなんだろう。この仕事を馘にならないために、働き続けるために必要なのは……と考え続けていた時期でもあった。

そして、それは“交渉力”だとの結論に達した。粘り強く話を聞き、共感しつつ、こちらの要望を伝え、妥協点を見出す。タフな身体とめげない精神力。たっぷりと“人間力”を蓄えたおばちゃん、それが目指すところとなった。

自分が目指すのは、前向きで明るい、カリスマ「おばちゃん」

それからは、多少苦情めいた電話や相手が怒鳴っていても「よし、小一時間、腰を据えて話を聞いてみよう」と決めた。そうやって経験を積んでいくと、人の話を聞くことがどんどん楽しくなっていき、傷つくようなことを言われても、回復が早くなった。

そんな自分のおばちゃん像に近い人がいる。広島を拠点に犬猫などの保護活動を展開するNPO法人『犬猫みなしご救援隊』の代表を務める中谷百里さんだ。

まず彼女の見た目に驚く。すっぴんで髪の毛をひとつに束ね、Tシャツにもんぺ姿。それで多頭飼育崩壊の現場に乗り込んでいく。

女性なら、女を忘れていません、と多少はおしゃれをしたり、ネイルだけでもしたり……などとしてしまいそうだが、中谷さんは、とにかく動物ファースト。身なりなんかに構っていない。そんな金と暇は、動物のために使う。時には飼い主を厳しく叱り、時にはやさしく諭す。前向きで、明るい。カリスマである。

完全でなくてもいいから、人に寄り添える「おばちゃん」になりたい

男性でも、おばちゃんぽいおじさん“おばじ”のほうが生きやすい。とかく定年後の男性は、現役時代の地位や学歴にこだわり、周りから浮く。マウントを取りたがり、煙たがられる。グループ活動に向かない。

地域の団体や趣味のサークルで人気があるのは、雑事を快く引き受け、話題も豊富、聞き上手な“おばじ”だ。親戚のおじさんが典型的な“おばじ”であった。定年後、趣味で始めた水墨画でメキメキと頭角を現し、生来の気の良さで乞われるままに講師まで努め、会員の面倒をよく見ていたという。充実した老後を送った“おばじ”だった。

今の自分は、だいぶいい年になった。そろそろおばちゃん力もついてきたと思いつつ、まだまだ自意識過剰な部分があるのが否めない。

差別する人、パワハラやセクハラの人も、いろんな人がいる。だからといって、人を遠ざけたくはない。垣根を越えて、ガシガシ近づいていきたい。もっと人の近くに。

話を聞いてたくさん怒ったり、共感したい。完全でなくてもいい。人に寄り添っていきたい。特別なことではない。「今日は寒いですね~」なんて一言からで構わない。ずうずうしく、あたたかいおばちゃん=人間でいたい。