私の見せ方、見られ方と聞いて、自分が偏見の目にさらされていた期間を思い出した。しかも、自らその道を選んで。

私は大学2年からの3年間弱、キャバ嬢として働いていた。

私は自ら選んだ「キャバ嬢」という職を後悔する事なく、楽しんでいた

お金を稼ぐことは楽しい。奨学金を借りながら芸大に通う私は、将来への不安を解消するためキャバ嬢という選択肢を選んだ。安直な思考かもしれないが、安心感が欲しかったのだと今になって思う。

10cmあるヒールの靴で背筋を伸ばし、短いドレスに身を包む。髪をセットし、甘ったるい香水を纏えば、私はあっという間にキャバ嬢になった。そのとき、自分が周囲からどのような見られ方をするのかは、あまり考えずに足を突っ込んでしまった。しかし、無知ながらもいいイメージがなかったのも事実。家族にも友人にも、隠しながら働いていた。

3年という期間、身を置いてみて分かったことがある。誰になんと言われようと、水商売に偏見はつきものだ。「女を売っている」「色目を使っている」「男を騙している」など、散々なことを言われている。身体を使って商売をしてなくとも、そう見えてしまう。

実際、私は一度も身体で客を取ること(いわゆる枕営業)はしなかったし、普通の大学生と生活水準も身なりも変わらないよう生活していた。それでも、自分を含めこの職業全体が、そういう見られ方をしているというのは肌で感じていた。

私を指名し、月何十万も使うお客さんの中に、「水商売は社会のゴミ」と口癖のように言う方がいた。その客は、私を呼び隣に座らせ、私の作った酒を飲みながら水商売を罵倒し続けた。

私がキャバクラでバイトしてることを知った親友に「お願いだから、そんな仕事今すぐ辞めて。普通の世界に戻って来て」と説得されたこともある。

また、お客さんにストッキングを思い切り破かれたこともある。私は驚きですぐに反応できなかったが、そのお客さんが私が働いている歓楽街でも有名な人だったため、誰も私の味方はしてくれなかった。

キャバ嬢の時給の中に、“ストッキングを破かれる代”など入っていないが、私相手なら何してもいいと、少なからず思っていたのだろう。この時、お客さんたちにとって私は、世の一般女性と同じフィールドには立たせてもらえないのだと気付いた。

これだけを書くと、水商売は酷い職業だと、ますます顔をしかめられてしまいそうだが、それは違う。それでも私は、自ら選んだキャバ嬢という職を後悔する事なく、むしろ楽しんで働いていた。

全て作り上げたキャラクターで「本当の私」は夜の世界にはいなかった

私は偏見に晒され、あからさまに下に見られることを肌で感じ、その上でこう思っていた。「水商売で働く女性のイメージは悪いままでいい」「偏見の目で見てくれて構わない」と。なぜなら、高い時給やバックの中には、“偏見に晒される代”が含まれていると考えていたからだ。

例えばキャバ嬢という職が、世の女性みんなの憧れになったなら、あの給料は手に入らなくなるだろう。水商売に籍を置く女性が増えれば、一人一人の希少価値は下がるに伴い、対価も減る。夜の世界で活躍するトップクラスの嬢なら、話は変わってくると思うが、ちょろっとお金を稼ぎたいだけの大学生からすれば困る話だ。

大半の女性が敬遠し、自分には関係ない世界だと思っていて踏み込まないが、しかし需要はある。この矛盾が生じているからこその、あの待遇、あの給料だったんだと思う。私は、それにあやかっていた。あの仕組み、偏見を利用したのだ。

何度だって嘘をついた。呼ばれる名前も大学も、将来の夢も、恋人の有無も、全部が作り上げたキャラクターで、本当の私はそこにいなかった。

世間が言うところの普通の大学生をしていれば、出会わなかった危険に何度も遭遇した。客同士の喧嘩もキャバ嬢同士の喧嘩も、駆けつける警察もよくある光景。違法ドラッグを目の前に出され、勧められたこともある。身体の関係を迫られることなんて日常だし、悪意のない敵意もたくさん向けられた。

それでも嫌になることなく続けられたのは、この職は“大学卒業まで”というルールを始めに決めていたからかもしれない。無理せず稼げるだけ稼いだら、後腐れなくスパッとやめる。自分で設定した役をこなすという感覚だったため、罪悪感もなかったし、逆に危ない道に逸れることもなかった。

遅刻しないとか、誠実に人と向き合うとか、当たり前のことを当たり前にやっていた。するとどんどんお客さんは付き、目に見えて成績が伸びていった。その結果、学業や遊び優先で月10日程度の出勤、サイトに顔出しもNG、枕はもちろん、アフターもしないという自分都合の状況で、店のナンバーワンになることが出来た。

この仕事でナンバーワンになったからといって何のメリットもないが、普通の大学生である私が、常識的な働き方をしてやっていける世界なのだと、私自身が水商売に対して向ける目が少し変わった。

キャバクラで働いた日々は大切で、恥ずべきことでもないが「秘密」だ

今、私は社会人になり、デザイナーとして働いている。憧れの職業につき毎日楽しんで仕事している。やればやるだけすぐ成績が伸び、お金が手に入るあの世界みたく分かりやすくはないけれど、少しずつやれることもやりたいことも増えてきた。

給料はキャバ嬢だった頃よりも下がり、生活水準も下がった。当たり前に使っていたタクシーもほとんど利用しなくなったし、近くのコンビニでなくスーパーで買い物をするようになった。あの頃より、自由な時間も手に入るお金も減ってしまったが、今の生活が好きだ。

アルバイトでキャバ嬢をやっていた時のことは、社会人になった今でも誰にも言っていない。過去の遺産として私にとっては大切な日々だったし、恥ずべきことでもないけれど、それでも言えない。

こうして誰にも言えない秘密を持ってしまうことも、きっとあの高かった給料に含まれていたんだと自分を納得させて、きっと一生打ち明けないままなのだと思う。

こうして私の秘密や思考を打ち明けるのに『かがみよかがみ』を利用したのは、ここが女性だらけだということと、匿名性の高さから。本名で生きるコミュニティでは見せられない私も、歴として私の一部なのだ。