「マネキンと全然違うじゃん」
わくわくしながら試着室で袖を通した洋服。鏡の前に立った瞬間、その姿に肩を落とした。
店頭で堂々と立つあの子が着ている服と同じものなはずなのに、まるで全く違う服を着ているようだった。
自分のお腹を少しつまんで、背伸びをしてみる。
やっぱりさっき見た堂々と佇むあの姿にはなれなかった。
わたしはあの子みたいに輝けるような女の子ではないんだ、そう思った。
美しくて、羨ましくて。あの体になれたらどんなに幸せだろう
「お客さま、いかがですか?」
試着室のカーテンごしに店員さんから声をかけられる。
「あっ……、大丈夫です。ちょっと考えます」
そう誤魔化してすぐに自分の服に着替え、逃げるように店をあとにした。
あの日から、わたしはお店で服を試着することができない。
”お手本の女の子”
”キレイな女の子”
”あるべき女の子”
洋服屋の前を通るたび視界に入るその姿は、わたしがどこか足りていないと言い放っているようだった。
すらりと伸びた腕に少女漫画に出てくるような細くて長い足、今にも折れそうな首とウエストが美しくて、羨ましくて、あの体になれたらどんなに幸せだろうかと願った。
細くなる方法、女子力をあげる方法、人から愛される方法、毎日沢山の情報に囲まれるわたしは“わたしを変えること”に今日も励んでいる。
ネット通販で、実際の触り心地すらわからない服をカートに入れている
店頭のあの子も、テレビで見る芸能人も、クラスの人気者も、わたしに持っていないものばかりを持っているようで、わたしはずっと足りない何かを求めているのだ。
それがずっと見つからなくて、今日も自分の粗さがしだけは得意だからしょうがない。
深夜に通販サイトで服を見ては、実際の触り心地すらわからない服をカートに入れている。
「わたしには、お店で洋服に袖を通す資格なんてないんだから」
そう自分に言い聞かせた。
ネット通販は、お店で試着ができないわたしにとっての唯一の安全地帯だった。
店頭のあの子に会うこともなく、店員さんに見比べられるかと心配することもなく、自分だけの世界で服を買うことができる。
ここでは攻撃されない。心配することもない。
あの子とわたしを比べて落ち込むことだってないのだ。
ほんとは肌に触れて服を選びたい。
ほんとは色に触れて服を選びたい。
”自分の体型に合っているか”を確かめて、服を選びたい。
そんな気持ちは心の奥底に閉じ込めた。
あの子と自分を見比べて傷つくことのほうが、ずっとずっと怖かったのだ。
少し重みのあるショップバックを手に持つ瞬間、好きだったなぁ。
初めて着る日はいつにしようと考えながら歩く帰り道、好きだったなぁ。
その”初めての日”まで服が入ったショップバックを部屋に飾るの、好きだったなぁ。
このままのわたしで生きていける明日が、あるかもしれない
いつから、あの子がわたしの敵になってしまったんだろう。
いつから、あの子に負けるわたしになってしまったんだろう。
たくさんの色の服に囲まれるあの空間を、いつかもう一度楽しめる日がくるのだろうか。
その頃には、店頭にあの子はいない時代になっているのかな。
それとも、あの女の子が正解じゃない世の中になっているのかな。
“正解が立っていることで不正解になるわたし”がいなくなっているのかな。
そうしたら、変わることでしか生きられないわたしが、このままのわたしで生きていける明日があるかもしれない。
自分で選んだ素材と色の服を選んで、自分の体型に合った服に身を包んで、次のお出かけを楽しみに待つ日がくるかもしれない。
また、お店の鏡の前で立てる日を願って。