人生は想定外の出来事の連続だ。
“まさか自分が”と思うことが起こったりする。
私は避妊に一度だけ失敗したことがある。
それはまさに“まさか”の出来事だった。
妊娠にまつわる全てが、「真っ当じゃない」と非難される恐怖
私が避妊に失敗したのは大学生の時で、コンドームが外れたかもしれないという疑惑だった。私はそのことに全く気がつかなかったので、情けないけれど、どの程度の出来事だったのかをいまでも自分で説明することができない。ただ恋人が素直に教えてくれて、すぐに手を引いて病院に連れて行ってくれて、緊急避妊薬を飲むことができた。
病院で順番を待っている間、私は恥ずかしさと情けない気持ちでいっぱいで、俯いて涙を堪えることに必死だった。あの時の自分の心情を思い返すと、恋人が手を引いてくれなかったら病院に行けなかったとさえ思う。自分の中で緊急避妊薬を手に入れることのハードルが、あまりにも高すぎた。
これまでに見聞きした言葉たちが自分を容赦無く責める。
高校生の頃に聞いた妊娠した女子生徒が退学したとか中絶手術をしたという噂話、母親が一人で産んで放置してしまったという痛ましいニュース、それに付随する容赦の無い非難の言葉。
妊娠にまつわる全てのことが“真っ当”じゃないと非難されるという恐怖があった。
だから、誰にも相談出来ずに病院に行けない人の気持ちが痛いほどよくわかる。なんだかとんでもない間違いを犯したような気持ちになるのだ。
自分の性の問題について自己決定を持つことが阻まれる不思議
私は事前に救われる方法が増えることを望む。増えるだけでなく、思い詰めずに選択できるようになって欲しい。その手段の一つとして緊急避妊薬が薬局で買えるようになることが必要だと思う。
薬局に緊急避妊薬を置かないための理由はいやと言うほど聞いた。
何事に関してもリスクを考えることは必要で、そのことについては考えていく必要がある。
けれど、今この瞬間にも問題は起こり続けている。そもそも、時間が経つほど妊娠の確率が高まるのに、アクセスが悪いのは大きな問題だと思うし。自分の性の問題について自己決定を持つことが阻害されるのも不思議だ。
人間はやっぱり完璧じゃない。自分を守りきれないことだってある。
そんな状態にある誰かを守ることを当たり前に考える世の中であって欲しい。
緊急避妊薬は完璧じゃない。でも、あの絶望を味わって欲しくない
緊急避妊薬を必要とするとき、私の経験から10年近く経ったいまでも多くの人があの時の自分と同じ気持ちを抱えていると考えると、本当に苦しくなる。
緊急避妊薬が100%の効果を期待できるわけでないし、販売されたから全ての問題が解決されるわけではない。
それでも、何も手立てが無い絶望を誰にも味わって欲しくない。今より若い頃の自分を思い出すと、本当に脆くて弱かったと思う。同じような心を持っていまを生きる若い子たちに何かが起こったとき、同じ思いをして欲しくない。
自分の大学生時代のこの苦い思い出は、誰にも話したことがなかった。
友達にも話すことができなかった。隠すべきことだと思っていた。
それでも、自分の経験を話すことが誰か一人でも社会への関心を持つことに繋がることを信じてこれからは言葉にしていきたいと思う。