ユーモアのある仲良しの男友達。気分に波はあるけどそれすら個性に思えた
大学時代、仲の良かった男友達がいた。
彼とは高校も同じだったが、その当時はそれほど話したこともなく、大学に入学してからぐっと親密になった。
彼を含めた男女数人でよく食べ、よく飲み、よくふざけた。
わたしは彼のユーモアセンスをとても気に入っていた。すこし皮肉的で辛辣な物言いも多かったが、とにかく彼はわたしの笑いのツボを的確に押してきた。
同時に彼はとても気分屋だった。
自分の気分が乗らなければとことんローになる。反対に調子が良いときは信じられないくらいゴキゲンに振る舞う。
アップダウンの激しい彼にはよく振り回されたが、それすら彼の強烈な個性の一部のように思えた。
自尊心を傷つけてくる彼。いつしか彼と会うことに緊張を覚えていた
しかしわたしが彼に対してとてもストレスを感じることがひとつあった。
「××(わたしの名前)はさー、自分が思ってるほど美人じゃないよ?」
「えー、なんか太った?ちょっと横向いてみ」
実際にこんなふうに言われたか、ひとつひとつはっきりとは覚えていないが、彼はわたしの自尊心をえぐるのが得意だった。
容姿に関しては、彼は歯に衣着せぬ発言を繰り返していた(もちろんわたし以外に対しても)。
そしてそんなときわたしは曖昧に笑うことしかできなかった。
その場の空気を悪くしたくないけど、彼の言葉をジョークとして真正面から受け入れたくもなかった。
だからわたしは、彼と会うときはいつもどこか緊張していた。
また嫌なことを言われたらどうしよう。
ふたりきりのときならまだしも、みんなの前で言われたらどう振る舞うのが正解なんだろう。
「自分勝手すぎる!」と吐き捨てた時、見過ごしていた違和感が爆発した
そんなほのかなストレスを抱えつつも、彼のユーモアがそれを上手くカバーしていたせいで、わたしは彼から離れられなかった。
ある日、わたしは彼とふたりで居酒屋にいた。大学のある都内ではなく、わたしたちの地元で飲んでいた安心感からか、ふたりとも結構な酔っ払い方をしていた。
「今日、もう帰るのめんどくね?Aの家泊まっちゃおう」
Aとはわたしと彼の共通の友人で、わたしたちのいた場所の近くに住んでいた。
「いいね~、そうしよう」
酔っていて電車に乗って帰るのが億劫になっていたわたしは二つ返事でその誘いに乗った。
「じゃあわたし、もう終電逃しちゃうね」
Aの家に泊まるということで話がまとまり、わたしは終電を見送ることにした。
わたしたちは陽気にAの家まで歩いて向かった。Aは自宅付近まで自転車で迎えに来てくれた。
ところが、Aの顔を見た瞬間、彼は突然こう言ったのだ。
「おれ、やっぱ帰るわ」
わたしは驚いて彼の方を向いた。
酔ってはいるが、彼は「もう決めた」というような、すました表情をしていた。
「え、待って待って。じゃあわたしはどうすれば良いの?」
「知らなーい。Aのとこ泊まればいいじゃん。ひとりで」
さすがにわたしは酔いから醒めた。
Aも彼の発言に戸惑い気味だった。
いくらなんでも、付き合ってもない男性の家にひとりで上がり込み一夜を明かすほど、わたしも分別がないわけではない。
「おれは歩いて帰るからさ。お前は泊まっていきなよ」
その発言に、わたしはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけるのもいい加減にしてよ!あんたが泊まるって言ったから終電逃したんじゃん。自分勝手すぎ!」
そう吐き捨てて、わたしは駅の方に猛ダッシュした。
実は終電まであと数分残っていたので、絶対に乗ってやる、と夜の商店街を駆け抜けた。
無事間に合った終電。窓の外を流れる光をぼうっと眺め、思い切りどなりつけてしまったので次会うときに気まずいな、と思いながら帰路に着いた。
その翌日、彼は何もかも忘れたように話しかけてきた。
わたしは驚いた。
なんだか肩の力がふっと抜けてしまった。
あの夜のことは、わたしにとって一大事件だった。
わたしはこれまで、彼が勝手な振る舞いをしたり、腹の立つ言葉を投げかけてきても看過してきた。それはわたしが寛容だったからではなく、己の感情に鈍感になろうとしてきたからだ。
しかし、見過ごしたと思ってきた些細な違和感は降り積もる。
仲良しだった友達と絶縁。身も心も想像以上に軽くなった
彼にとってはほんの気まぐれだったかもしれない。これまでだったらわたしも許していたかもしれない。けれど、我慢の受け皿は容量が決まっていて、彼は最後のひとしずくをもってそれを溢れさせた。
わたしは彼との関わりを完全に絶った。
理由も告げず、話し合いもせず、それはないだろうって?でも、今まで好き勝手してきたのはそっちの方じゃない。
ずけずけと人の心に立ち入ってくる自分の言動を怖いもの知らずでイケてると思ってたんでしょうけど、他人の容姿に平気で口を出して世界を俯瞰した気になってるような時代錯誤なやつ、わたしはノーセンキューだ。
「みんなでいるときに気まずくなったら嫌だしなあ」
「なんだかんだ言っておもしろいし、良い所もあるしなあ」
そんな理由をつけて彼と一緒にいることを選択してきたが、彼との関係を失った今、身も心も軽い。
彼とは大学を卒業してから一度も会っていない。彼以外のメンバーとは今でも仲良くしているが、彼のいる集まりには決して顔をださない。こんなに簡単に絶縁できるものなんだ、と笑ってしまった。
大人の友情は取捨選択が柔軟だ。
それを知ってからわたしの人生はまたすこし、快適になった。