もともと雨は好きじゃない。好きな人もたまにはいるのかもしれないけれど、私は大多数に入る側の人間。

雨の日の朝は布団から全然出たくないし、ジメジメした空気の中靴が汚れてしまうのを気にしながら歩くのが好きではない。

そんな雨の記憶の中にひとつだけ、私の雨の印象を逆転してしまった記憶がひとつだけある。

朝はカラッと晴れていたのに、突然のゲリラ豪雨は私にとって非日常

その日の朝は、カラッと晴れた暑い真夏日だった。大学生だった私は、始めたての演劇の活動と大学の授業を並行して走り回っていた頃だった。公演のチラシを大学近くの活動センターに置かせてもらおうと、授業前の時間に足を運んでいた。今思うと、確かにジメッとした空気がその頃に迫って来ているのを感じた。

私の住んでいる北海道には梅雨というものがほぼ無い。夏は本州と比べると湿度は低いし、雨が続くということもなければ、突然のゲリラ豪雨なんてこともほとんどない。しかしその日は、何かの例外が起きたのだ。

チラシを無事に届けて、「さぁ授業に向かうか」と思い、大学に足を進め始めてすぐのときだった。大きな一粒の雫が、額に落ちてきたのを感じた。その次の瞬間には、それが地面を覆い尽くしたのだ。どこかの建物に入る隙も与えてくれないほどの大粒の雨たちは、私をその近くにあった木の下に追いやってしまった。

「なんて、ついていない日だ」私はため息をつき、その時だって例外なく雨に嫌気がさしながら、「通り雨なのか、はたまた一生このまま木の下から出られないんじゃないか」なんてバカなことを考えながら、雨を眺めるという非日常を半分は楽しんでいた。

「これ使ってください」と年齢が近そうな男の子二人が傘を差し出した

とはいえ、大学の授業のこともあるし、一生このままは嫌だなと、冷静にいろんなことを考え、「しょうがない。ずぶ濡れ覚悟で走ってみるか」と観念しようと思い始めていたときだった。

「これ使ってください」声の方へ振り返ると、歳が近そうな男の子が二人、一人は自転車にまたがったまま傘をこっちへ差し出し、もう一人は少し離れたところからその様子を見ていた。一瞬の出来事すぎてびっくりした私は「いや、でも……」という曖昧な、なんとも気の利かない、言葉でもないような音を出してしまった。

そんな私に「俺ら近くなんで!」ともう一度私に傘を差し出した。「ありがとうございます」と受け取ると、もう一度お礼を言おうとした私の言葉を聞く暇もなく、まだ雨のやまない空の中、二人は自転車でその場を去っていて、
私の2回目の「ありがとう」は彼の背中に届く形になってしまった。私は追いやられた木の下にいる理由もないのに、その場でちょっとの時間、傘を眺めてしまった。

雨は苦手だけど「あの日」のことを思うと、特別な日になるから不思議

我ながら少女漫画のようなシチュエーション、本当に綺麗な出来事すぎて、創作のようだが(笑)、本当の本当にあったことである。ただ、後日談は少女漫画のようにいかないのが現実で、その後傘の持ち主に会えたことは一度もない。

一瞬の出来事で、そんな時こそ後々色んなことを後悔するものだが、せめて名前だけでも聞いておけばよかったと思ったものである。大学の近くで、同じくらいの歳だと思ったのだから、もしかしたら大学で会えるかもしれないと少しだけ期待した。が、そんな少女漫画展開は起きないのが現実か…とも思うのだ。

私は、今も相変わらず雨が苦手だ。雨の日の朝はまだ起きることが億劫になるし、お気に入りの靴は絶対に雨の日は履かない。でもふと、あの雨の中びしょ濡れになった背中を思い出す。すると私の中の雨の日は、ちょっと甘酸っぱく、晴れの日よりも良かったことがあったすごく特別な日になるから不思議だ。